気持ち
第54話
灯乃は雄二と仁内を残して、先に斗真達と邸宅に戻った。
春明が手際良く車等の手配をしてくれたお陰で、何とか騒動になることもなく、皆安心するものの、女子達の始末を雄二ら二人に任せて良かったのかと、後になって心配になっていたりもする。
そんなことを思いながらも、灯乃は着替えを済ますため、かばんを運ぶ朱飛と共に自室の方へと向かっていた。
「ごめんなさい。私、迷惑かけてばっかりで」
「私は別に。命令に従うまでですので」
「でも私、朱飛さんにも命令で縛っちゃってるし」
「朱飛で構いません、灯乃様」
「灯乃様?」
酷く聞き慣れない呼び方に、灯乃はポカンとして立ち止まる。
すると朱飛は、僅かに呆れたような目を向けつつも、丁寧に口を開く。
「灯乃様は三日鷺に選ばれた方である上に、一応は私の主です。そしてこの緋鷺家の客人でもありますので、丁重に持て成すのは当然です」
「でも、様ってつけられるのは、何か嫌だな」
「嫌?」
「相応しくないというか、申し訳ないというか……」
何をするにしても迷惑ばかりかけている、そんな自分が優遇されるのは気がひけると灯乃は思った。
せっかく仁内が勇気付けてくれたというのに、再びどんよりと沈み込む彼女を見て、朱飛ははぁと大きく嘆息した。
「確かに。今のような後ろ向きな態度では、紅蓮の三日鷺の名に相応しくありませんね」
「うっ」
「正直、我が主としてあなたを認めている訳でもないですし」
「ううっ」
「あなたが何故三日鷺に選ばれたのかも、私には理解できません」
「うぐぐっ、そこまではっきり言っちゃうのね」
朱飛は今まで溜め込んでいたものを吐き出すように、灯乃に毒づいた。
分かっていたものの、そうはっきり言われるとダメージは大きい。
灯乃は、あたかも朱飛のクナイを食らったかのような痛みを胸に感じつつも、どういう訳かクスッと笑った。
「ありがとう、はっきり言ってくれて」
「え?」
「私やっぱり駄目なんだね、このままじゃ」
灯乃はそう言うと歩き出し、それについて行こうとする朱飛に振り返って、再び口を開く。
「私、何か手伝えないかな?」
「……は?」
「だから手伝い。朱飛の」
*
「今回の件で、また使用人が増えるわね」
斗真の自室で、春明は足を伸ばし、傷を労わるように撫でながら彼に語りかけた。
道薛以下、今回斬った者達も含めた人数を確認していた斗真も頷く。
「全員、受け入れてくれるそうだからな。これで本家の者の大半は、こちらの手に戻った筈だ。そう易々と三日鷺をむけてくることはないだろう」
「だからと言って、安心はできないけど」
春明の呟きに近いその返事に、斗真もまた同意する。
そう簡単に有利に立たせてくれる相手ではないことは、二人共十分に分かっていた。
その上でそんな相手を越える対策を考えねばならない。
「灯乃は彼らの真名を奪っていない。だが、彼らに課せられていた命令は消えた。それは彼らを三日鷺から解放したととっていいと思うか?」
斗真は春明に訊ねた。
灯乃が彼らを斬ったあの時、確かに仁内や朱飛の時のような炎の真名は現れていない。
帰宅した後、灯乃に道薛への命令をさせてみたが、彼に何の変化もなく、三日鷺の力も宿らなかった。
それは、灯乃の三日鷺になっていないということ。
「分からないわね。ただあの男の命令を解除しただけかもしれない。あの男が彼らに命じれば、再び三日鷺になることだってあり得るわ。灯乃ちゃんには分からないの?」
「あぁ、まだ自覚がないらしい。だが確かめる術はある」
斗真はそう言って、春明を見た。
三日鷺から解放されたかどうかを確かめる術、それは同じように三日鷺である者を灯乃に斬らせること。
「言っとくけど、あたしはまだ嫌よ。灯乃ちゃんに斬られるのは」
「何故だ?」
「手負いのあたしは、三日鷺の力がなくなったら恰好の的になるわ」
「お前なら大丈夫と思うが?」
「そんなの分からないわ。とにかく、あたしは嫌よ」
頑なに解放されることを拒む春明。
三日鷺に縛られることがなくなるため、悪い話ではない筈なのにと斗真は思うが、無理強いはしなかった。
斗真は少しホッとしていたのだ。
「そうか。そう言ってくれると助かる。今、俺が一番安心して頼れるのは、お前だからな。失うのは惜しいところだった」
「……あら、嬉しいことも言ってくれるのね」
まさか斗真からそんなことを言われるとは思いもよらず、春明は驚きながらも本当に嬉しそうにニコッと微笑んだ。
こういうことをサラリと言ってしまえる彼だから、三日鷺となってもそう悪い気がしないのだと思う。
「じゃあ、どっちを斬らせるの?」
春明は真意に迫る口調で、斗真に訊ねた。
春明以外の三日鷺は、仁内と朱飛だけである。
「それは……」
斗真が口にしようとしたその時。
「失礼致します」
襖の向こうから声がして、暫くしてからそっとそれが開かれた。
その先には使用人の着物を着て頭を垂れる朱飛。
「朱飛、どうした?」
「これより新しい使用人がもう一人入りましたので、ご報告にあがりました」
「新しい使用人?」
朱飛が退がり、彼女の後ろから同じ着物を着た少女が下げていた頭を上げる。
その少女に斗真と春明は目を丸くした。
「唯朝 灯乃です。よろしくお願いします」
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