第55話
「灯乃?」
「灯乃ちゃん、どうしたの?」
「住まわせて貰ってるのに、何もしないんじゃ申し訳ないなぁと思って」
「何か手伝いをしたいと申されたので、私が亜樹様に取り付き、私の補助として共に皆様のお世話をさせて頂くことになりました」
朱飛が丁寧に説明し、彼女が頭を下げるのを見て、灯乃もまた頭を下げた。
斗真らが呆然とする中、灯乃の横から突然、ヒョイッと顔を出した亜樹が現れる。
「私は気にしなくていいって言ったんだけど、どうしてもって言うから」
亜樹はニコニコしながらも、何処か残念そうな笑みを浮かべて斗真と春明にある物を見せた。
「ホントはこっちを着せてあげたかったんだけど、断られちゃって。斗真さん、春明ちゃん、こっちの方が灯乃ちゃんに似合うと思うでしょう?」
「あら」
「叔母上……」
二人に見せたのは、コスプレ定番のメイド服。
しかもフリル付きカチューシャからニーソックスまでしっかり用意していたのだった。
「叔母上、灯乃は玩具じゃないんですから、遊ばないで下さい」
「あら、あたしは可愛いと思うけど?」
「春明っ」
斗真は少し頰を赤くしながらも、それを隠すように何とか平静を保とうとするが、春明が亜樹同様に残念そうな物言いをすると、つい声を荒げてしまう。
それを見てか、亜樹がキラリと双眸を光らせた。
「えー、斗真さんが良いって言ったら着るって、灯乃ちゃん言ってたのに残念だわ」
「え……」
「言ってません、亜樹様」
亜樹の一言に一瞬ドキリとする斗真だったが、即座に灯乃が反発したのを見て、すぐに彼の目が怒りにつり上がる。
それに気づくと、亜樹は苦笑いして逃げるように去っていった。
どうやら彼女は、灯乃にメイド服を着せたいがためだけに現れたようだ。
「まったく、叔母上は… 」
「とりあえず私、斗真達の身の回りのお世話を任されたから、必要なものとかして欲しいこととかあったら、いつでも呼んで。朝も私が起こしにくるから」
「あら、助かる」
灯乃がやる気満々で拳を握りしめると、春明が嬉しそうに微笑むが、斗真は不服な顔をする。
「必要ない。お前は客人だ、使用人みたいなことはしなくていい」
「そう。それじゃあ斗真は起こしに行かなくて良しと。春明さんは起こしに行くね」
「おいっ」
「よろしく~」
斗真の話を聞いているのか聞いていないのか、灯乃は何やらメモを取り始め、早くも仕事に励み出した。
「あと、雄二も朝弱いから起こしてあげなきゃ」
「あいつの所にも行くのか?」
「うん、勿論。今日も起こしに行ったんだけど、二度寝しちゃって。朝練ギリギリだったんだよ」
「……今日も、だと?」
その言葉に、斗真はピクリと反応する。
既に今朝から? それも当たり前のように言うなんて。
それが気に入らなかったのか、斗真に火をつけた。
「お前は行くな」
「え?」
「お前では駄目だったんだろ? 朱飛が行け。クナイを食らわしてやれば一発だ。春明もそれで起きるだろうし、手間も省ける」
「「え!?」」
斗真の大胆で適当な発言に、灯乃と春明は吃驚するが、朱飛は何食わぬ顔で平然と頭を下げる。
「御意に」
「「え゛!?」」
まさか朱飛もあっさり了解するとは思わず灯乃達はまたも吃驚するが、朱飛が何となくいつもより生き生きとしている気がして春明は目を細めた。
「では、これで失礼致します」
朱飛は用が済んだと判断すると、速やかに退室する。
そんな彼女の補助をすると決めた灯乃も当然ついていかなければならず、斗真に色々と抗議したい気持ちを仕方なく抑えて、朱飛の後を追った。
「斗真のイジワル!」
しかし、しっかり悪態はついて去っていく灯乃に、春明はクスクスと笑いながら口を開いた。
「灯乃ちゃんにやらせてあげればいいのに。どうしてそんなにムキになるのかしら?」
「あいつが一番疲れている筈だろ? これ以上、無理をさせることもない」
「でも……多分あの子、今とても不安で仕方ないと思うわよ?」
「え?」
春明はそう言うと、足の傷に手を当て何かを思うようにそっと瞼を閉じ、暫くしてゆっくりと開く。
「居場所が何処にもないのよ、あの子には。だから誰かに必要とされることで、必死に居場所を作ろうとしてる。そんな気がするんだけど?」
「……!」
斗真はハッとした。
灯乃が抱えている闇、必要とされないことの恐怖を。
彼女は泣いていたじゃないか。
母親にいらないと言われるのが怖いと。
三日鷺の炎にも恐れない少女が、身体を小さくさせて震えていたあの姿を。
斗真はあの時の灯乃を思い浮かべると、ふと仁内の言葉も脳裏によぎらせた。
“――絶対ぇ分かんねぇな。誰からも認められて必要とされて来た、そんな次期当主様にはよ”
「……俺だけが、あいつの気持ちを分かってやれなかったのか?」
「大袈裟ね。あたしもそんな気がするだけよ。当たってるかは分からないわ」
フォローするつもりで春明は言ったのだが、斗真には届いていないのか、彼は悔しそうに俯く。
そんな表情をころころと変える斗真を見て、春明はふと気にしていたことを口に出した。
「ホントに灯乃ちゃんのことはよく気にかけるのね? ……もしかして斗真君、灯乃ちゃんのこと――好きになっちゃった?」
「……え……?」
――俺が灯乃を……?
二人に一瞬の間があいた。
「……なぁんてね。いつものお人好しが出ただけよね」
春明は馬鹿馬鹿しいとフッと笑い、ゆっくり立ち上がる。
「そろそろ雄二君達の迎えに行ってくるわ。それと、灯乃ちゃんに斬らせるなら、あたしは朱飛を推めるわ。あの子なら三日鷺じゃなくても融通は利くし、
春明はそう言うと、部屋を出ていった。
確かに仁内を解放するのは、厄介事を増やすことにもなり得る。
身の安全を確保する上でも、朱飛の方が妥当と言えたが、今の斗真にはそれはどうでもいいことだった。
「俺が灯乃のことを……?」
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