第45話
それからの午前の授業も、雄二と仁内によって荒れた授業になった。
国語では字の綺麗さを競って、互いが黒板に大きく字を書きなぐり、音楽では声の大きさを競って、完全音程無視の大音響を撒き散らす。
体育に至っては、もはや二人でバスケをしているようなものだった。
どの授業も仁内の方がつっかかるような発言をした後、口論になって競い合いが始まる。
気づけば僅か半日で、仁内はクラスのトラブルメーカー、もといムードメーカーになっていて、彼の周りでは笑いが絶えないものとなっていた。
そんな様子に灯乃は次第に後悔を忘れ、命令しなかったことに安堵さえ覚え始めた。
短時間でその場に馴染める彼の良さを、命令で押し潰さなくて良かったのだ。
――雄二には少しだけ申し訳ないけど
そして迎えた昼休み。
授業が終わった解放感からか、生徒達の賑やかな声が一斉に広がり、校内が急に騒がしくなった。
教室で弁当を広げる生徒もいれば、売店や食堂へ走っていく生徒もいる中で、雄二がおもむろに席を立ち、仁内に呟く。
「俺、ミーティングだから。暴れるんじゃねぇぞ」
「しねぇよ」
雄二の一言で仁内がまた眉間に皺を寄せるが、それを気にする間もなく雄二が次の言葉を出す。
「灯乃を頼む」
彼は真剣にそれだけ伝えると、間が抜けたようなポカンとした顔をする仁内をよそに弁当を持って教室から出て行った。
改まって頼まれると、何も言い返せない。
仁内は小さく舌打ちすると、雄二が持っていったものと色違いの弁当を机の上に出した。
それは亜樹が使用人に言って作らせたもので、灯乃も同じように持たされている。
やはり格式高い緋鷺家の弁当となれば一瞬で一目につくのか、その豪華さにすぐさまクラスメイト達が仁内の周りに集まってきていた。
だからなのか、灯乃は自身に用意されたそれを公衆の面前に出して良いものなのかどうか迷い、悩んだ。
彼らと同じだと知れたなら、何かと面倒になる。
無意識に溜息がもれると、そんな時、灯乃の携帯電話が静かに震え出した。
「……あ」
画面を覗くと《斗真》の文字。
常に連絡が取り合えるようにと、互いの番号を交換したのだ。
もっともいつまで使えるかは分からないが。
灯乃はパァッと明るい表情を見せると、そそくさと弁当を隠し持ってひと気のない場所を探しに教室を出た。
「――もしもし斗真?」
灯乃は立ち入り禁止になっている屋上の扉の前までやって来ると、暗がりの中で斗真にかけ直す。
『――すまない、かけても平気だったか?』
「うん。ちょうどお昼休みになったところだから」
どことなくウキウキとした様子で、灯乃は声を弾ませた。
どういう訳か、斗真の声を聞くとホッとする。
灯乃は少し気持ちがほっこりと温かくなるのを感じながら、その声に耳を傾けた。
『そっちは何事もないか?』
「うん。仁ちゃんがちょっと心配だったけど、今はすっかりクラスに馴染んでるよ。凄いね、大人気なんだよ」
『そうか。暴れていないようで良かった』
まるで肩の荷がおりたように、斗真は安堵の声をもらす。
彼はとても心配していてくれたのだ。
それがひしひしと伝わって灯乃はとても嬉しく思うが、それと同時に申し訳なくなる。
「……ごめんね、斗真。無理にお願いしちゃって」
『もういい、過ぎたことだ』
斗真は灯乃達を心配して、樹仁達が決定した後になっても納得がいかず反対の意を示していたのだ。
それを灯乃は自らが説得し願い出ることで、半ば強引に彼の賛同を得た。
しかし出された条件はあった。
仁内に灯乃を護らせる命令を出すこと。
彼には斗真の盾となる命令が刻まれていて、側を離れることが出来ない。
打ち消すには解除するか、以前朱飛が行った時のように、その命令より優先させるべき命令を出すかしかない。
仁内のことを信じきれていない斗真は、解除する危険よりも新たな命令を課すことを選んだのだ。
「仁ちゃんにも悪いことしちゃったかな」
『あいつに気兼ねすることはない。それだけのことはやって来ている』
「言葉って難しいね。ただ《護れ》だけなら離れられるのに、《盾になれ》だと離れられないなんて」
『護るだけなら離れていてもできるからな。だが盾になるには、側にいなければできない』
言霊の重みを知り、灯乃は僅かに気落ちする。
ほんの少しの言い回しの違いで、言動が左右されてしまうのだ。
命令する側も考えて告げなればならない。
「私って、全然駄目だなぁ。皆に迷惑かけてばっかり」
『そんなことはない。お前はよくやってくれている』
「情報収集も出来てないのに?」
『ああ、する必要はない。誰も期待していないんだからな』
「そうかなぁ…………え!? そうなの!?」
思わず聞き流してしまいそうになる程さり気なく言われた斗真の言葉に、灯乃は遅れて反応した。
今、何と言った?
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