第46話

 『奴らの他に敵がいる可能性は極めて低いからな。でなければ朱飛達が前もって情報を掴んでいるし、まともに情報収集を行ったことのないお前達をかり出すような無駄な危険をおかそうなんて思わない』

 「う、言われてみればそうだけど、無駄とまで言わなくても……」

 『朱飛達の情報網に全く引っかからないという時点で、あの火事は奴らの仕業とみてほぼ間違いない。そんなこと、叔父上だって分かっておられただろうに』

 「じゃあ、どうして……?」

 『三日鷺だろうな』

 「え?」


 斗真の少し寂しげな声が一言答えた。

 三日鷺――たとえ同じ一族でも争わせてしまうもの。


 『叔父上は三日鷺を狙って、俺からお前達を引き離したかったのかもしれない。そうでなければあんな簡単に叔母上の口車に乗ったりはしないし、仁内を出したりしない』

 「斗真……大丈夫なの?」

 『お前が心配することはない。こちらのことはこちらで何とかする』

 「でもっ」

 『大丈夫だ。叔父上だってすぐに尻尾を出すようなことはしない、そう慌てなくてもいいだろう』


 色々と先のことを考えている斗真に、灯乃は関心しつつも罪悪感を募らせた。

 誰よりも大変な状況下におかれているのにも関わらず、こちらの心配をしてくれるなんて。


 「ごめんなさい。私、自分のことばかりで」

 『雄二のことを思ってのことだろ? それにお前だって慣れないことばかりで疲れている。慣れ親しんでいる学校は安心するんじゃないか?』

 「斗真……」


 本当に優しい人だと、灯乃は思った。

 だからこそ、申し訳なさと役に立ちたいという思いが溢れ出す。

 自分に何が出来るかは分からないが、せめて迷惑だけはかけたくない。


 「ありがとう、斗真。必要ないかもしれないけど、私一応情報収集してみる。頑張ってみたいの」

 『……そうか。だが十分に気をつけろ、校外へ出る時は特にだ。ひと気が多くても見つかれば襲ってくると思え』


 斗真は灯乃の気持ちを察してか、頭ごなしに否定してやめさせることはしなかった。

 しかしそれでも心配性なところは言葉にあらわれ、しっかりと忠告してくる。


 『それともう一つ。朱飛達の情報網は大したものだが、例外がある。お前の姉のことだ』

 「お姉ちゃん?」

 『彼女に関しては情報を得られなかったと言っていたな。もしあの火事、唯朝 陽子が関わっているとしたら?』

 「まさか。だってお姉ちゃんはもう……」

 『あくまで可能性の話だ。お前だって気になっているんだろ?』


 陽子のことを密かに気にしていたことまで斗真に見透かされていて、灯乃は恥ずかしさで少し頰を赤くする。

 本当に彼には隠し事や悩み事はできないなぁ、と灯乃は小さく笑った。


 『探ってみてもいいと思うが、無理はするなよ。間違っても一人にはなるな、いいな?』

 「うん。心配してくれてありがとう。斗真も気をつけて」


 互いに気遣う言葉をかけると、そこで通話を終えた。

 灯乃はふぅと息をつき、そっと携帯電話をポケットにしまう。

 斗真と話すと、つい甘えてしまう。

 本当は、色んな問題を抱えている彼だから、手助けしてあげたいのに。


 ――私が斗真を護ろうと思っているのに


 いつも励まされてばかりで、そんな彼に比べて、どこで弁当を食べようかで悩んでいた自分が酷く小さく思えて、情けなくなる。


 「私って、ホント駄目だなぁ」

 「まったくだ」

 「えっ!!??」


 急にある筈もない声が返ってきて、灯乃はビクッと身構えた。

 声のした方を見ると、仁内が壁にもたれるようにして座り、当たり前のように弁当を食べている。


 「仁ちゃん、いつの間に!?」

 「お前、勝手にうろうろすんじゃねぇよ」

 「教室で食べてたんじゃないの?」

 「あんなとこで食えるかよ」


 どうやらクラスメイト達に群がられ、逃げてきたらしい。

 脱力したような疲れた表情の彼に、灯乃は思わずクスッと笑った。


 「人気者になれて良かったね」

 「良くねぇよ! 馬鹿にしやがって!」

 「そうかなぁ。ちょっと羨ましい気もするけど」

 「はぁっ!?」

 「だって、ここにいることを認めてもらってるっていうか、必要とされてるっていうか」

 「あ? お前何言ってんだ?」

 「うっ、何って……」

 「んなことより、今の斗真だったんだろ? 何話してたんだよ」


 ぶっきらぼうに仁内が言うと、灯乃は少しムスッとしつつも、そんな彼の隣に腰を下ろして同じように弁当を広げ、食べながらも斗真が心配してくれていたことを話した。

 さすがに樹仁の話はしなかったが。

 そんな灯乃をこっそり一瞥しながら仁内は思う。


 ――認めてもらってる? 必要とされてる? ふざけやがって……


 そんな肩を並べて話す二人の姿は、周りにはどういう風に見えていたのか。

 見られないようにしていた筈の二人を隠れて見ていた視線があった。

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