第42話
「何か?」
「もし素性の知れない敵が本当にいるとしたら? 斗真さん、あなたはどう太刀打ちするつもりなのかしら?」
「え?」
「素性はもちろん、相手の目的も知らなければ、私達を何処まで知り得ているかも知らない。その上で迅速的かつ大胆な行動がとれる、そんな敵に無知のままでいることの方が危険だと思うのだけれど?」
亜樹の強気な口調と厳しい視線が斗真へ圧し掛るように飛び、彼を追い詰める。
彼女の言うことは最もだが、それを認めることはできない。
斗真は無理やり言葉を引き出すようにして言い返す。
「しかし、だからといって闇雲に探るのも危険です。それに火事の一件で警察も動き出している筈。三日鷺の存在を知られるリスクをも伴います」
「警察のことは、別に気にすることはないでしょ?」
余裕を含んだ声音で亜樹はあっさり返すと、樹仁の方を向いた。
黙って聞いていた彼が腕組はそのままに、難しい顔をして言う。
「警察上層部には顔が効く。既に手は打っておる。だがなぁ……」
樹仁の中では、亜樹の意見で答えが揺れてしまったのか、曖昧で歯切れの悪い口調へと変わっていた。
早朝から彼が不在だったのは、斗真らのことを知り、早急に警察上層部と連絡を取り合っていたからだった。
しかしそのせいもあってか疲れを見せる樹仁に、好都合とばかりに亜樹はもうひと押しをかける。
「何も戦闘を望んでいる訳ではありません。動くのはあくまで情報収集を目的としてです。ただ例の彼らのことも考えると、やはりこちらも三日鷺の力を行使する他ありませんわ。その点、雄二君は三日鷺の欠片の効力によって、条件が揃えば力を使うことが出来る。そうでしたね?」
突然亜樹に会話をふられ、雄二は少し驚きながらも答える。
「えっはい、まぁ。欠片が奪われそうになったり、灯乃が危ない目に遭ったりしてたら」
「雄二っ」
雄二の返答を、斗真が慌てて止めた。
何故止められたのかすぐには気付けなかったが、斗真にとって一番都合の悪い答え方をしたのを、雄二は後になって気付く。
亜樹の目が嬉しそうに歪み、僅かに弾んだ声で呟いた。
「なら灯乃ちゃんも一緒に登校させた方が良さそうね。力を発揮させやすくなるし、何より一人より二人の方が心強いでしょうし」
「叔母上、情報収集なら朱飛がいます。灯乃の中の紅蓮の三日鷺は、今どういう状況なのかまだはっきりとしていません。彼女を外へ出すのは……っ」
「そうね、はっきりとしていないなら灯乃ちゃんの状況も知りたいわね。何もしないでここにいるよりずっと良いんじゃないかしら?」
「叔母上!」
斗真の反論がかえって亜樹を調子付かせるものとなったのか、会話がどんどん彼女のペースへ引き込まれていき、斗真の顔が険しくなる。
そんなやり取りにポカンと呆けた表情になる灯乃は、春明とは反対側の左隣にいる雄二へボソッと口を近づけた。
「えーと、これって私達には良い方へ進んでると思っていいのかな?」
「あーどうなんだろうな。何か俺達、酷い扱いされてる気がするけど」
自分達のことであるのに、蚊帳の外にされている灯乃と雄二。
一応助けて貰い、居候という身である二人は慣れない場の雰囲気もあってか意見を言う気になれず、そうしている間に話の結論が出たようで、樹仁が口を開いた。
「うむ。二人は一族の者でもないし、良いだろう。情報収集の為、登校を許可しよう」
「叔父上っ」
「朱飛は行かせん、班を率いてここの護りを固めて貰わねばならんからな」
まさか樹仁が意見を変えるとは思わず、その決定的な発言に斗真は絶句した。
しかも《一族の者でもない》という言葉からして、何かあった場合の二人に何らかの配慮がなされるとは考え難い。
樹仁にとって、二人は捨て駒同然ということだった。
――灯乃を捨て駒にだと? そんなこと……
斗真は密かに拳を握り締め、奥歯を噛み締めた。
しかしその様子を樹仁は見逃さず、眉をぴくりと吊り上げる。
「斗真、ここが絶対的に安全であるという保証もない。今は少しでも多くの情報を得て、体勢を立て直さねばならん」
「なら俺も」
「ならん。お前が先陣を切ってどうする? 次期当主の自覚を持たんか」
樹仁はドスの効いた声で斗真を戒めると、有無を言わさず従わせた。
納得いかず、やるせない気持ちで黙り込んでしまう斗真だったが、そんな彼に灯乃は罪悪感を覚えてしまう。
――雄二を学校へ行かせてあげたいというのは、ちょっと我が儘が過ぎただろうか
「春明ちゃんも駄目よ。まずは怪我を完治させなきゃ」
春明が灯乃達の登校に便乗して一緒に行きたいと言い出すのを見越してか、亜樹がニコッと笑って制止をかけた。
春明がつまらなさそうに頬を膨らませる。
「えー駄目なの?」
「だって半日じゃ手続きはできないし、第一あなた、どっちの格好で行くつもりなの?」
「え」
亜樹のその一言で、春明はピシッと思考を停止させた。
見た目は女の子だが男である春明。
秘密を押し通す自信はあるが、共に登校するなら男子生徒として手続きするのが当たり前である。
春明の本当の性別を知らない雄二は、返答に困る彼を見て首を傾げた。
「どっちって、何が?」
「あー! 何でもないのよ、雄二君。それより叔母様、やっぱり二人だけじゃ危ないんじゃない?」
春明が何とかはぐらかそうと慌てて話題を変える。
するとその言葉には斗真も賛同してか、何とかならないものかと食い下がると、亜樹がうーんと一度考える素振りを見せ、ある一人の人物をじっと見定めた。
皆がその視線の先へと一斉に向くと。
「…………何だよ」
そこには仁内がいた。
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