第43話

 「――なんであいつには許可がおりるんだ?」


 教壇横に立つ仁内を眺めながら、雄二は呟いた。

 確かに仁内は、樹仁にとって一族である上に自身の息子である。

 本来なら許可されないどころか、亜樹に提案されることもない筈。

 それなのに樹仁にあっさり承諾され、仁内は追い出されるようにして送り出されたのだった。


 「あいつ、もしかして用済みなんじゃね?」

 「おいっそこっ! 今何か言っただろ!」


 雄二の呟きが聞こえたのか、仁内が大声をあげる。

 雄二の席は後ろから二番目の窓際で聞こえる筈もないのだが、彼が地獄耳なのか、はたまた勝手な決めつけなのか、まるで雄二を目の敵にするように怒鳴り出す。


 「……もぉ、仁ちゃんってば……」


 教室内がざわつき始め、担任教師が仁内を宥める中、灯乃はどうしたものかと頭をかかえた。

 こんなことなら事前に命令しておけば良かった。

 まさか少しの間も大人しくしていられないとは思わず、後悔の念が灯乃を責め立てるが、もうどうしようもない。

 時間が解決してくれるのを灯乃は仕方なく待つのだった。


 何とかHRが終わり、1限目が始まる前の休憩時間。

 どういう訳か雄二の後ろの席が仁内にあてがわれ、その周りに人集りができていた。


 「ねえねえ、仁内君って雄二君と知り合いなの?」

 「緋鷺っていうことは、もしかしてお金持ち?」

 「カノジョとかいるの?」


 同じクラスの女子達が、物珍しそうに仁内の席を囲み、一斉に話しかけていた。

 どうやら灯乃は情報に疎いようで知らなかったが、緋鷺の名は女子達の間では大富豪の一族として有名らしく、また美形揃いであると噂されてもいるらしい。

 確かに斗真や春明がそうであるように、仁内もまたそこそこのルックスを持ち得ているが、そんなことなど知らない彼は、少し迷惑そうにうな垂れる。


 「あーうるせぇ、寄るんじゃねぇよ」

 「照れちゃって、カワイイ♪」

 「照れてねぇし!」

 「ねぇ、家に遊びに行ってもいい?」

 「来んな!」


 女子達に毒づいて追い払おうとするが、難なく躱され、良いように弄ばれる仁内。

 本当に慣れていないのか四苦八苦しているようにも見え、雄二は彼に仕方なく身体ごと振り向いた。


 「お前さ、今モテ期来ても意味ねぇだろ」

 「はぁっ!? 何だそれっ!!」

 「お前ら、こんな喧嘩っ早い奴と知り合いになってもいいことねぇぞ」

 「あ゛ぁっ!?」

 「あーやっぱり雄二君と知り合いなんだぁ」


 会話に入ってきた雄二に、女子達はさらに嬉しそうに喜んで、弾んだ声をとばす。

 雄二の空手部での活躍も有名で、彼もまた女子達に注目されている男子に入っていたのだ。


 「ねぇねぇ、何で知り合ったの? 空手繋がりとか?」

 「あーまぁそんなとこ」

 「じゃあ仁内君も強いんだぁ」

 「そうでもねぇけど」

 「んだと、てめぇっ!」


 雄二は適当に気の無い返答をし、それに対して仁内が猛反発するように机をバンと叩いた。

 だが、その時。


 「私、雄二と仁内君が知り合いだったなんて知らなかったんだけど?」


 二人の間に一人の女子生徒が口を挟んできて、雄二は顔を引きつらせた。


 「げっ、みつり!?」

 

 彼女は目を細め、キリッとした気の強そうな眉をさらにつりあげて、訝しく雄二を見ていた。

 みつりは空手部のマネージャーで、部活動中の部員のことはほぼ把握していたし、中でもクラスメイトということもあって、雄二のことは――特に見ている。

 そんな彼女が知らないとなれば。


 「ホントに空手で?」

 「……おっおう。他に何があるんだよ?」

 「他に、ねぇ……」


 みつりはチラリと何処か遠くを一瞥する。

 するとそこには灯乃がいて、ちょうど見ていたのか目が合い、彼女は慌てて次の授業の準備をするふりをしてそれを逸らした。

 灯乃と雄二が幼馴染みで仲が良いことはみつりはもちろん、クラス中が知っている。

 彼女達が嫉妬するほどに。

 雄二のことでみつりが知らない時は、たいてい灯乃が関わっていることが多いのだ。

 気づけばみつりの目がまるで憎々しい相手を見るかのように、灯乃を睨みつけていた。

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