第33話
雄二と朱飛は春明たちから離れ、火の手が上がる一方の場所へと急いだ。
あまり長い間外に出ている訳にはいかないが、それ以上に家族の安否が気になって、雄二の速度が上がる。
本当に燃えているのは、雄二の家なのか。
誰が何故、燃やしたのか。
雄二の頭の中はぐちゃぐちゃになりそうだった。
「頼む、違っててくれ……!」
しかし、そんな余裕のない彼の後ろ姿を追いかけながら、朱飛は冷静に思う。
確率的に雄二の家が燃えているとは考え難いが、もしも僅かな可能性で彼の家だったら?
――それはもしかして、犯人は以前から雄二を知っている人物、となるのではないだろうか
周囲にも目を配りながら、朱飛は嫌な予感を感じて雄二の背を見た。
すると、彼が急に止まる。
目の前は真っ赤に染まり、周辺には大勢の人集り――その先に、雄二は燃えている自宅を見た。
「……父さん……母さん……」
側に消防車や救急車がとまり、防火服に身を包んだ隊員たちが必死に消化作業を行っている。
しかし住宅丸ごと炎に包まれている為、なかなか作業が進まず、誰かが救出された様子もない。
雄二は茫然とそれを眺め、次の瞬間、身体を急速に動かし飛び込もうとした。
朱飛が慌てて止める。
「いけません、行っては!」
「父さん! 母さん! くそっ、何で燃えてんだよ!! 何で!!」
「落ち着いて! 奴らが近くにいるかもしれません!」
「離せ! 離せよっ!! あの中にはまだっ!!」
「雄二――!!」
我を失い騒ぎ立てる彼に、朱飛は腕を引っ張りつい声を張り上げてしまった。
けれどそれが届いたのか、雄二に響いてハッと動きが止まる。
「今出て行っても、どうにもなりません。ここは任せましょう」
「けどっ」
「あなたでは助けられない――それくらい分かって下さい」
朱飛のはっきりとしたその言葉に、雄二の身体から崩れ落ちるように力が抜けた。
そんな彼を支えるようにして、朱飛は多くの集まりから離れ、一角の影に身を潜める。
――どうしてこうなった? いったい誰が燃やした?
雄二の中で何度もその言葉がぐるぐると繰り返され、おかしくなりそうだった。
今のところ敵と遭遇こそしていないが、何一つ喜ばしいことはない。
「頼むから、早く出てきてくれ……」
雄二は両親の無事を願って、きつく目を閉じた。
とその時。
「……っ!!」
近くで気配を感じて、雄二は辺りを見渡した。
何処か懐かしく、けれど何かが違う――変わった気配。
「……そんな、まさか……っ!」
その気配の人物を見つけて、雄二も朱飛も目を疑った。
ポニーテールの長い髪に、茶色を基調としたセーラー服を着た少女。
傍らに大きな白い犬が寄り添い、その毛並みを優しく撫でている。
「陽子……!?」
雄二がその名を呼んだ瞬間、陽子はニタッと笑って、犬と共に姿を消した。
「……なんで、どうして陽子が……!?」
雄二は自身の目で見た光景が信じられず、その場に立ち尽くした。
朱飛がすぐに追いかけようとしたが、風のように去る彼女をとらえることが出来ず見失ってしまう。
あれは本当に陽子だったのだろうか。
彼女は二年前に亡くなった筈なのに。
紅く燃え盛る光を背に、朱飛は闇夜の先を覗った。
「……まさかこの火事は、唯朝 陽子が……?」
彼女が去り際に見せた表情で、朱飛は察する。
陽子は灯乃の姉で、雄二とは幼馴染みだ。
そんな彼女が、燃えている雄二の家を見て笑うということは……
「父さん! 母さん!」
そんな時、家から救出されたのか、ストレッチャーで運ばれる両親を雄二は見た。
全身焼け焦げ重傷のようだが、酸素マスクをつけられ救急車に乗せられる二人を見て、何とか一命は取り留めていることを彼は知り、駆け寄ろうとする。
しかしそれは朱飛に止められ、引き戻される。
「いけません。あなたが行くと危ない」
彼女がそう言って雄二にある方向を向かせると、大勢の人々に紛れて黒紅の影達がキョロキョロと辺りを見回し、探している様子が見えた。
雄二と朱飛はゆっくりとその場から離れ、暗闇へとその身を隠す。
「もう十分でしょう、戻りましょう」
「っ……あぁ」
本当なら今すぐにでも二人に駆け寄り付き添っていたいのに、近づくと更に巻き込んでしまう。
雄二は悔しそうに気持ちをおさえると、春明達の所へ戻ることを決めた。
――俺のせいで、こんなことになったのか? 俺が三日鷺に関わったから?
遠ざかる炎の光を一瞥しながら、雄二は自責の念にかられ苦しむ。
そんな感情が朱飛にも手に取るように分かり、そっと彼に近づくと小さく言葉を投げかけた。
「あなたのせいではありません。燃やす方が悪い、当たり前のことです」
「……そうか」
落ち着きながらもはっきりとしたその声に、雄二の気持ちは少し和らぎ、救われたような気がした。
一人で来なくて良かったと、彼は心底そう思った。
仲間達の所へ戻ると、鬼のような形相で待ち構えていた春明に、雄二と朱飛はギョッとした。
足に重傷を負っていながらも、しっかりとした仁王立ちを見せる彼に、二人は圧倒され尻込みしてしまう。
「は、春明さん、起きてたのか? 足はまだ痛むだろ、寝てた方が……」
「勝手に出て行くなんて、馬鹿なの!? 約束したでしょ!?」
「まあまあ、無事だったんだし、そんなカリカリすんなって。傷に響くだろ?」
「傷がどうこうなんて、言ってられないでしょ!! 朱飛までついてって! どういうつもりなの!?」
思い切り睨みつけてくる春明の目に、朱飛も身体を縮こませて頭を下げる。
「申し訳ありません、春明様。私は止めたのですが」
「おい、朱飛! お前だけ言い逃れする気か!」
「何を言っても聞かないあなたが悪いのです。一人で行かせる訳にはいかなかったのですから、仕方ないでしょ」
「はあ!? お前だって、灯乃達と合流出来るかもって言ったら、すんなりついてきた癖に!」
「あなたが自信満々に言うからです。結局、合流は出来ませんでしたが」
「俺のせいって言いたのかよ!」
――ドンッ!!!!
その時、柱を殴りつけた春明の拳が大きな音を響かせ、二人の言い争いはその瞬間止まった。
いつの間にか春明をそっち退けにしていたことに気づいて、雄二と朱飛は罰が悪そうに黙り込む。
「……ホントの馬鹿なの、アンタ達は。この状況下で、連絡なしの合流なんて考えないでよ」
春明がそう言って自身の携帯電話を見せつけると、二人とも今その存在を思い出したのか、ショックと恥ずかしさで視線を泳がせた。
こんな安全で確実な連絡手段を忘れていたなんて。
せめて連絡していたら、しっかりと計画を立て、合流を目指せたのかもしれない。
春明は二人に呆れて溜息を吐いた。
「しっかりしてよ。逸る気持ちも分かるけど、闇雲に出て行ってもどうにもならないでしょ? お願いだから、もう無茶な真似はしないで」
本当に心配していたのか、念を押して強く言う春明に、雄二と朱飛はただただ謝ることしか出来なかった。
それから春明は斗真と連絡が取れ、合流することになった。
春明達のいる隠れ家と灯乃達がいる別宅では、黒紅の三日鷺達に見つかるのも時間の問題である。
その為、安心して長く留まれることの出来る場所として、斗真はある場所を提示した。
「緋鷺分家に行く。仁内、暫く厄介になるぞ」
「……マジかよ」
仁内の顔色がみるみるうちに悪くなった。
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