喜劇と悲劇

第34話

 連絡を取り合った後、斗真はターゲットから外れている朱飛を灯乃の命令で一足先に緋鷺分家へ向かわせた。

 残った雄二と春明を仲間達とその場で待機させ、自分達は道薛が戻り次第、残党の三日鷺を倒しに出る。

 そしてその後で合流を考えたが、予想は外れ、すでに影達は撤退していたのかいくら動き回っても遭遇することはなかった。

 灯乃達はそのまま合流し、ちょうど夜が明ける頃に全員が分家へと到着した。

 朱飛の伝達で、しっかりとした出迎えを受ける。


 「お待ちしておりました、斗真様、春明様。お帰りなさいませ、仁内様。灯乃様、雄二様のことも承っております。どうぞこちらへ、亜樹様がお待ちです」


 たくさんの使用人が頭を下げ、五人は奥へと通された。 

 もちろん春明の別宅よりも大きい数奇屋造りの純和風豪邸で、人の気配も多く、活気がまったく違っていた。

 玄関ホールから広い中庭が見え、それを一望出来るように大きなガラス戸がはられた長い廊下を皆でぞろぞろと進み、灯乃は斗真の隣を歩きながら辺りを見回す。

 思っていたより気難しい様子もなく、旅の疲れを癒す老舗旅館のようなホッとする雰囲気が広がっていた。

 ここが仁内の家、しかし彼は一人苦い顔をして最後尾を歩いている。


 ――帰って来たくなかったのかな?


 そんなことを灯乃は思っていると、床の間の襖が開かれ、浅葱色の着物を纏った女性が側に朱飛をおき、上座で待ち構えているのが見えた。


 彼女が緋鷺 亜樹あき、斗真と春明の叔母にあたり、仁内の母。

 すると次の瞬間、亜樹は勢い良く駆け寄ってくるや否や、隠れるように身を潜めていた仁内を問答無用で引っ張り出し、廊下へ投げ飛ばした。


 「んがっ!」

 「この恥さらしが!」


 仁内の首が床にめり込み、穴があく。


 「ごめんなさいね、斗真さん。ウチの馬鹿息子が迷惑かけちゃって」

 「いえ、叔母上。お久しぶりです」


 亜樹は申し訳なさそうに斗真へ苦笑すると、起き上がろうとする仁内の頭を足で踏みつけ、再び穴へ押し込んだ。

 酷い。灯乃と雄二は恐れ戦くが、どうやら日常的なことなのか斗真達は平然としている。

 それどころか、春明に至っては嬉しそうに亜樹へ抱きつく。


 「叔母様、久しぶり。元気そうで何よりだわ」

 「春明ちゃん、聞いたわよ。足、大丈夫なの? あなたの綺麗な肌が傷付くと、叔母様悲しいわ」


 亜樹は我が子よりも春明を可愛がっているのか、足に巻かれた包帯を労わる目で眺めていた。

 こうして見ると、親族との仲はそれ程悪いものではないように灯乃は思った。


 ――三日鷺を狙っていたのは、仁内だけだったのかも


 そんなことを灯乃は考えホッとしていると、急に斗真の手が彼女の腕を掴む。


 「斗真?」

 「油断するな。叔母上は何を考えているか分からない人だ」

 「え?」


 小さく囁かれた彼の声に灯乃は亜樹を見ると、ちょうど目が合い亜樹がクスッと笑った。

 灯乃はゴクリと息を飲み、背筋を震わせる。


 「あいにく今は、主人が外出中なの。積もる話もあるでしょうけど、今はゆっくり休んで。主人が戻ったら、今後のことについてお話しましょう」


 亜樹はそう言うと、すぐさまそれぞれが別の客間へ通され、斗真と雄二は南側の二部屋を、灯乃と春明は東側の二部屋をあてがわれた。


 「春明さん、足の具合はどう? また傷口、開いたりしてない?」


 灯乃が襖からちょこんと顔を出し、隣の部屋の春明に話しかける。

 彼は足を伸ばして座り、自身で包帯を取り換えていた。


 「平気よ。見た目が酷いだけで大したことないって、言ってるでしょ?」

 「なら、いいんだけど」


 灯乃はじっと彼を見る。

 影達との戦闘はだいぶ苦戦していたと、雄二からこっそり灯乃は聞いていた。

 もしかしたら春明は強がっているだけで、本当はつらいのかもしれない。

 そう思うとどうしても心配が顔に表れてしまうようで、そんな彼女を見た春明は呆れて目を細めた。


 「私のことなんかより、あなたはどうなの? あの火事、灯乃ちゃん家だったんでしょ?」

 「……うん。もう一つは雄二の家だったんだよね?」

 「えぇ。でもご両親は救出されてなんとか一命を取り留めたらしいわ。あなたのお母様は?」

 「それが……」


 灯乃は昨晩のことを思い出す。

 自宅へ向かわせた道薛がなかなか戻って来ず、ようやく帰ってきた彼に灯乃は逸早く詰め寄り、トキ子の安否を訊ねていた。

 しかし彼の答えは――分からない、だった。


 「救出された様子もなかったみたいで、でも……遺体も出てきてないって」

 「行方不明ってこと? 朱飛が確かに送り届けた筈だけど」


 春明はうーんと唸って腕組みすると、幾つかの可能性を考えた。

 一つは、トキ子自身が自力で脱出した可能性。

 しかし心身共に疲弊し、あれだけ動き回っても目覚める気配すら見せなかった彼女が、運良く目覚めて外へ逃げ出せたとは考え難い。

 と、すれば……


 「誰かに連れ去られた、か」

 「誰に!?」


 灯乃はくわっと春明に言い寄り、肩を何度も揺らした。

 そのあまりの気持ち悪さに、春明は目が回りそうになりながらも何とか灯乃を止めると、へとへとになった身体をそのまま倒し、天井を眺めた状態で口を開く。


 「知らないわよ。放火した犯人とかなんじゃないの?」

 「放火した犯人……」

 「もしくはただ単に道薛が見逃していただけで、実は救出されていたとかね」

 「それが一番理想だけど」


 灯乃は複雑な思いを持ちつつも、とりあえず気持ちを落ち着かせた。

 放火犯の素性も気になるが、今は道薛の見逃しを願わずにはいられなかった。

 ただ道薛は、本家に仕え斗真からの信頼もあつい人物と見ている。

 そんな人がこんな単純なミスをするとは思えないが。


 「何はともあれ、叔父様が帰ってくるまでは何も出来ないわ。せっかくなんだからのんびりしましょうよ」

 「うん……こんなことで、明日学校行けるのかな?」

 「え」


 灯乃の呟きに、春明は目を丸めて答える。


 「行ける訳ないじゃない、こんな状況で」

 「やっぱ、そうだよね」

 「そんなに学校行きたいの?」

 「私は別に構わないんだけど、雄二が困るんじゃないかなって」

 「あぁ、大会近いんだっけ」


 春明は再び考え込むと、次の瞬間、何故かニタリとほくそ笑んだ。


 「えっ、そこでどうして笑うの!?」

 「これは好感度を上げるチャンス! 今こそ、私の実力が試される時よ!!」

 「え゛!?」


 春明は途端に力強く立ち上がると、ぐっと拳を握り締め、計り知れない闘志の炎をその目に宿した。

 そのあまりの熱気に灯乃は気負けして、屈するように下手から訊ねる。


 「春明さん、何をしようとしてるの?」

 「ふふ、見てなさい。この私が、雄二君をきっちり学校へ通わせてあげるわ!」

 「……春明さんって、本気で雄二のこと狙ってるの?」


 恋愛に関してだと、どうして春明はこんなにも生き生きとするのか。

 灯乃はそんな彼を見て、足の心配をしていたのが馬鹿馬鹿しく思えてきた。

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