第32話
「――俺が陽子と出会ったのは、今から三年くらい前だ。斗真に勝負を挑みに本家へ乗り込んだ、その帰りにあいつは現れた」
仁内は不貞腐れたような顔をするが、外方を向きながらも向かい合う灯乃と斗真に話し始めた。
陽子と初めて出会った時の記憶。そこには奇麗な花吹雪が舞い散る大きな桜の木があった。
ようやく温かみを帯びてきた春の初め、仁内はいつものように意気揚々と斗真を襲撃し、いつものように惨敗してその桜の木の下で傷ついた身体を休めていた。
「くっそぉ! 何で勝てねぇんだよ!」
もう何度も戦っているというのに、未だに彼は斗真に傷を負わせるどころか、あの涼しげな表情を崩すことすら出来ない。
仁内は悔しさのあまり思い切り木の幹に拳を叩きつけるが、予想だにしない激痛が腕を伝い、声も出せずに悶えた。
するとそんな彼を見てか、何処からか笑い声が聞こえる。
「誰だ!」
「君って弱んだね。いつも負けてばっか」
四方を見渡しても誰の姿もなかったが、話しかけられたことで場所が分かり、仁内はすぐにそちらを睨んだ。
それは真上から。満開の桜に隠れ、真っ白な犬と共に少女がそこにいた。
長い髪をポニーテールにし、見慣れない学校の制服を着ている。
――陽子だった
穏やかで優しい表情の少女だが、気配を全く感じ取れなかったことで、仁内は彼女を警戒しながら訊ねる。
「……何で毎回負けてるって知ってんだよ」
「よく傷だらけで悔しそうにしてるの見かけるから。凄く目立ってたよ」
「う……見てんじゃねぇよ」
仁内の頬が紅潮し、陽子はクスクスと笑った。
「――それから度々あいつと合うようになった。いつも突然声をかけてきて、側には決まってあの白い犬がいた」
仁内は思い出しながら言う。
彼女とは特に話すことなどなかったが、気づけば長い時間を共に過ごしていたように思う。
素性も曖昧で、普通の子とは何処か違う気配を醸し出していたが、陽子が聞き上手だった為か、仁内は日頃の鬱憤を晴らすように彼女へと愚痴をこぼしていた。
斗真や星花のこと、春明のこと――色々話した。
けれど流石に三日鷺のことまでは、仁内といえど一切話しはしなかった。
そして反対に陽子も姉妹がいるということくらいしか話さず、けれどいつも側にいる犬が時折辺りを警戒する仕草を見せ、それを仁内は訝しく思っていた。
「今考えれば、陽子は誰かに狙われてたんだろうな。それから一年して、あいつが死んだって聞かされた」
「聞かされた?」
「朱飛にな。あいつは陽子の身辺を探ってたんだ、三日鷺の情報を得る為に俺に近づいたんじゃないかって。でも結局何も分からなかったらしい。珍しいだろ? あいつが何も掴めないなんて」
「確かに」
「だから陽子に接触するなって何度も言われてた。けど向こうが勝手に現れるんだからどうしようもねぇだろ?」
仁内は当時を思い出し、面倒臭そうに言った。
しかも陽子が現れる時は、たいてい仁内が斗真に勝負を仕掛けようという時で、また負けて怪我をするからやめておけとその度に邪魔をされたのを覚えていた。
「まったく、とんだお節介だったぜ」
「ねぇ仁ちゃん。お姉ちゃん、見慣れない制服を着てたの?」
「あ?」
そんな時、彼の話を聞いていた灯乃が口を挟む。
何故そんなことを訊ねてくるか分からなかったが、仁内は素直に答えた。
「あぁ、ここらじゃセーラーなんて見ねぇだろ?」
「セーラー!? 本当にお姉ちゃんが着てたの? お姉ちゃんは私と同じ学校に通ってたんだから、ブレザーの筈だよ?」
「……え?」
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