第28話

 「――これでひとまず、完了か」


 黒紅の集団から逃げ延びた後、朱飛は灯乃の家まで辿り着き、トキ子をリビングのソファーに寝かせると、静かに外へ飛び出し闇夜に消える。

 一方雄二と春明は、朱飛の仲間らと共に少し離れた場所で、身を隠していた。

 どうやら彼らの隠れ家の一つらしく、小さな平屋の一室に全員が身を潜めて集まる。


 「また随分と深い傷を。これでは満足に戦えなかったでしょう?」


 男の一人が、春明の足の包帯を取り替えながらそっと訊ねた。

 側に置かれた薙刀に男の目が向くと、それに気づいた春明が不機嫌そうに外方を向く。


 「春明様がをお使いになるとは」 

 「仕方ないでしょ、これしかなかったんだから」

 「……なぁ。こいつら敵だったんじゃねぇの?」


 普通に介抱されている春明を見て、雄二は戸惑いながらコソッと彼の耳元で訊ねると、春明は苦笑しながら口を開く。


 「うーん。敵でもあるし、味方でもあるのよねぇ」

 「え?」


 するとそこへ帰ってきた朱飛が室内に入り、聞いていたのか側に腰を下ろして話し始めた。


 「三日鷺は決して世に晒してはいけない刀、我々はあの刀を護るいわば御目付け役のようなものです」

 「御目付け役?」


 雄二がそっと訊き返すように呟くと、春明が続けて補足する。


 「この子らはあたしたち緋鷺家が三日鷺を悪用しないよう、常に目を光らせてるの。そういう命令を何代か前の頭が受けたらしいわ。一応は緋鷺家に仕えてくれてるけど、三日鷺が外に流れようものなら一族よりも三日鷺を優先する、あたしたちにとってはちょっと面倒な連中よ」

 「へぇ。ってことは春明さんは緋鷺の!?」

 「えぇ、仁内も含めてそうよ。あたしたちは斗真君の従兄弟にあたるわ」


 三人の繋がりを聞いて、雄二は考え込みたくなるくらい驚いた。

 似ていない――それが思考内の第一声で、斗真と仁内に至ってはまるで正反対のタイプだとずっと彼は思っていたのだ。


 「……まぁ従兄弟だし、そういうもんかもな……」

 「でも見ての通り斗真君と仁内の仲は最悪で、というかあの仁内バカが一方的にライバル視してるっていうか、斗真君が三日鷺を継承した後も、気に入らないのかずっとあんな感じなのよ。だからいつかは朱飛たちが動くとは思っていたけど……」

 「いたけど?」

 「そんなことどうでもいいくらい、大変なことが起こったのよ」


 突然、春明の顔が怒りに満ちた形相に変わり、雄二はビクリとした。

 憎々しい出来事だったのか、春明はギュッときつく拳を握り締め、思い切り畳へ打ち込む。


 「――ほとが、斗真君を裏切ったのよ」

 「星?」


 *


 「星花ほとのかって……」


 灯乃たちは様子を見て春明の屋敷に戻ると、居間に腰を落ち着け話を始めていた。

 灯乃の呟きに仁内が答える。


 「斗真の姉だ、つっても双子だけどな。なんだ、姉弟喧嘩か?」

 「そんなものではありませんよ。お嬢は隙をついて若から三日鷺を奪い、そして若を……」


 道薛が辛そうな顔で口を開いた。

 彼の話の内容はこうだった。

 斗真の双子の姉・星花は、奪った三日鷺で斗真を斬り、彼に命令した。


 ――他者への攻撃を禁ずる、と


 「へぇ。それじゃ星花に裏切られて、力を封じられたって訳か」

 「あいつは裏切るような奴じゃない!」


 仁内の一言に斗真が突然声を荒げた。

 そんな珍しい斗真の姿に灯乃が目を瞬きさせていると、仁内が呆れた様子で言葉を返す。


 「はっ、どうだか。てめぇは腕はたつ癖して、そういうとこ鈍いよな。あいつのドロドロした態度見て、仲良しの訳ねぇだろ。……春明が絡めば尚更な」


 仁内の指摘に斗真は反論出来ないのか、何も言えずにぐっと奥歯を噛み締めた。

 彼の中でも何かしら心当たりがあるのかもしれない。

 そんなことを灯乃は思っていると、道薛が会話に入ってくる。


 「しかし我々も斬られる中、春明様のご助力がなければ、刀が若の手に戻ることはありませんでした」

 「じゃあ、春明さんの傷はその時に?」


 灯乃が訊ねると、道薛はコクンと頷いた。

 それじゃあ彼の傷は、星花が負わせたのだろうか?

 仁内の口ぶりからして、三人の関係はあまり良いものではないらしいが、灯乃の目には少なくとも斗真と春明が不仲であるようには見えなかった。


 ――春明と星花の仲は、どうだったのだろう?


 「ん?そういえば」


 そんな時、灯乃はふと訊ねた。


 「斗真も三日鷺で斬られたんでしょ? なんで触れるの?」


 三日鷺に斬られた者は、三日鷺に触れることは出来ない。

 斗真も斬られたのならその対象である筈なのに、彼は難なく触れている。

 それを不思議に思って灯乃が斗真を見ると、彼はその問いに何の迷いもなくすんなり答えた。


 「それは俺があの刀を継承したからだ。継承すると三日鷺の加護を受けるようだからな」

 「加護?」


 すると、仁内が口を挟んで続ける。


 「いろいろあるらしいぜ。刀を持てる他にも、継承者への命令は一つだけとか、継承者自らを殺すもしくは危害を加えるような命令は出来ない、とかな。――結局のところ、こいつは恵まれてんだよ。ま、そういう意味でも、なるべくしてなった事態なんじゃねぇの?」

 「なんだとっ!」


 仁内の挑発的な言葉に斗真は頭に血が上ったのか、突然怒りを露にして彼の襟元を掴み上げると、壁へと思い切り押し付けた。

 そのあまりに斗真らしからぬ行動に、灯乃も道薛も慌てて止めに入るが、仁内は斗真の神経を逆撫でするようにニタッと余裕の表情で笑った。


 「れるのか? やってみろよ、やれるもんならな」

 「……っ……!」


 斗真が誰に対しても危害を加えることが出来ないのを分かっていて放った台詞。

 それを斗真も悟ってか全身が怒りでいっぱいになるが、これ以上は身体が動かず渋々手を離す他なかった。

 やりきれない思いのまま斗真は皆に背を向けると、サッと襖を開ける。


 「斗真?」

 「……外の様子を見てくる」


 斗真は囁くようにそう言うと、酷く落ち込んだ肩を見せながら出て行った。

 その姿に、灯乃もまた悔しい思いを秘める。


 ――星花を知らない為に、何も言えない


 こんな時こそ力になってあげたいのに、励ましてあげることも出来ない。

 何を言うにも在り来りな台詞を並べるだけで、きっと届かない。

 そう思うと自分にすら怒りを覚えるのか、灯乃は急に立ち上がり、その矛先を仁内に向けるかのように強く睨みつけた。

 その恐ろしい双眸に、仁内はギョッとする。


 「なっなんだよ?」

 「仁内」

 「あ? え?」

 「以後斗真を侮辱するような発言は慎め。これは命令ではない故、もしこれより先同じような発言があれば、貴様の身体は焼き鳥のように焼かれて食われると思え」

 「……!?」


 灯乃は落ち着き払った口調でありながら、その内に込めた怒りを低い声に表しながら仁内に言い放った。

 その時の彼女の瞳が一瞬翡翠の色をしていたような気がして、仁内は紅蓮の三日鷺が現れたのかとゾッとしたが、すぐに思い直して考えを止めた。


 ――紅蓮の三日鷺は、斗真を名前では呼ばない。でも今のは灯乃の言葉でもない。……どっちだったんだ?


 仁内の動揺を余所に、灯乃は斗真を追いかけて部屋を後にした。

 今はただ傍にいることしか出来ない、彼女はそう思ったのだ。

 そんな灯乃の姿に、道薛は何故か感心したようにホゥと腕を組んだ。


 「灯乃殿は、なんとも頼もしい三日鷺のようですな」

 「はぁあ? やりにくいったらねぇよ。……あいつの妹でもあるし」

 「はい?」

 「何でもねぇよ!」


 仁内は乱れた気持ちをかき消すように頭をかくと、道薛にポツっと訊ねる。


 「んなことより、黒幕はあの人なんだろ?」

 「……お気づきでしたか」

 「星花一人でてめぇらまでも斬るのは不可能だからな。あいつもそれなりに剣術の心得はあるが、大した腕じゃねぇ。ましてやあの春明があいつに遅れをとるなんて絶対あり得ねぇよ」

 「それでお嬢には後ろ盾がいると?」

 「あぁ。てめぇらを斬り、春明にさえ深傷を負わせることの出来る凄腕なんて、斗真以外にあの人しかいねぇよ」


 仁内はハァと息を吐いてひと呼吸おくと、ゆっくりと口を開いた。


 「山城 丈之助じょうのすけ――斗真の叔父にして春明の父親、だろ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る