第26話

 誰かに呼ばれた気がして、灯乃はゆっくり瞼を開く。

 そこは彼女の夢の中か、それとも……

 正面によく知る紅蓮の鳥が現れ、彼女をその焔の翼で包み込んだ。


 「三日鷺……」


 温かい――灯乃はそう思い、身体を委ねる。

 しかしそんな彼女を、三日鷺は悲しそうな瞳で見る。


 ――灯乃、そなたは我が分身。しかしその身は、ただの娘。やがて全てを我が焔に燃やされよう


 「え……?」


 ――何を、言ってるの……?


 三日鷺の焔が急に熱く燃え上がった。

 灯乃は熱さと痛みを覚え、すかさず身体を引き離す。


 ――我はそなたに同化する。我となるのだ、灯乃


 「どういう意味……?」


 ――さすれば焔はそなたの力と変わる。その力をもって、我が望みを叶えよ


 「望み、って?」


 その瞬間、三日鷺が大きく翼を広げて羽ばたいた。

 紅い熱風が灯乃を飲み込み、視界を閉ざす。


 「くっ……!」


 ――望みって? 私はどうしたら良いの?


 熱い息苦しさの中で、灯乃は必死に目を開いた。

 すると――


 「灯乃……!? 起きたのか?」


 気づくと、斗真に抱えられている状態が映った。

 真っ暗な夜道で仁内が何か黒い者達と戦っている。


 「え? ……何?」


 どうしてこうなってるの?と訊く間もなく、彼の戦斧をすり抜け、手裏剣がこちらに飛んできた。


 「しまった!」


 危ない――!


 灯乃は衝動的に三日鷺を抜き、手裏剣を弾いていた。

 命令された訳でもないのに。


 「灯乃……!?」


 三日鷺でない状態で反応したことに斗真も仁内も驚愕する中、刀から炎が噴き出し、灯乃は再び紅蓮の三日鷺となる。


 ――たくさんの三日鷺の気配。攻撃してくるこいつらは、敵。


 直感というより、知っているような感覚だった。

 三日鷺と同化――断片的ではあるが、記憶が共有されているように思えた。

 灯乃は立ち上がると、刀を構える。


 「斗真、私に命令を」

 「灯乃、なのか?」


 斗真が疑う程、今の灯乃の雰囲気が三日鷺に似ていた。

 けれど、斗真と呼ぶのは間違いなく灯乃。


 「灯乃、命令だ――奴らを斬れ」

 「御意」


 まるで言わされたように斗真は命じ、灯乃は何の躊躇いもなく走っていった。

 そして仁内を押しのけるように刀を振り、見事に影たちを斬っていく。

 今までの苦戦は何だったのか、圧倒的な力だった。

 しかしそれでも何人かは反撃を起こし、彼女に手甲鈎を振り上げる。

 すると。


 ――来い、仁内


 「……え?」


 彼女の翡翠の瞳が一瞬紅く光り、その途端、先程まで以上の速さと力で仁内が動き、敵の攻撃を崩した。

 命じられていないのに、呼ばれた気がして身体を動かされる。彼自身も呆気にとられた。

 そして更に。


 「装束が……!?」


 灯乃の装束が、斬った瞬間だけ淡い桜色に変わった。

 それは炎の色と白鷺の白が混ざったような。


 「どういうことだ……? これが三日鷺の望み、なのか?」


 けれど、何が望みなのか分からない。

 斗真は困惑したまま、その戦闘を見ていた。


 *


 「うぐっ!」


 その頃。

 遠く離れた場所で、春明が影の攻撃を受け、押し除けられて後ろへ吹き飛んだ。

 ただでさえ足に重傷を負っている上、雄二が離れたことで三日鷺の力が消えかかっているのだ。

 朱飛は彼の眼前に立ち、クナイを放った。

 それは影をとらえ、僅かだが数を減らす。


 「私が抑えます。あなたはお逃げ下さい」

 「冗談やめてよ。あんた一人でなんて無理に決まってんでしょ?」

 「しかし春明様……」

 「やめてって、言ってるでしょ!」


 春明は疲弊した身体を無理やり起き上がらせると、重く感じる薙刀を構える。

 さすがに朱飛一人で複数の三日鷺を相手するのは、最悪を覚悟せざるを得ない。

 二人はそう思っていると。


 「このヤロー!」


 塀の上から雄二が影たち目掛けて落ちてきた。


 「え……!?」

 「雄二君、どうしてっ!」


 突然の乱入に、影たちの攻撃が彼に集中する。

 すると春明の身体が素早く反応し、彼を守りに入った。

 春明に三日鷺の力が戻る。


 「言っただろ、灯乃を守るって。あれだけ大見栄きったんだ、逃げられるかよ」

 「雄二君……」

 「それに女二人残して逃げるなんて、情けねぇし」

 「……」

 「ゴホン」


 雄二の一言を二人は複雑に思いながらも、襲い来る敵に刃を構えた。

 そして――


 「それではあなたに、これを」


 朱飛が雄二に向かって三日鷺の欠片を投げ渡した。

 雄二の手の中で、欠片が淡紅の光を放つ。


 ――雄二、君に命ずる。灯乃を守って


 何処かで陽子の声が聞こえた。

 懐かしく、切ない声。そしてもう一つ。


 ――紅蓮の三日鷺の名において命ずる。雄二――我の欠片を守れ


 「……!」


 別の声を聞いて、雄二は目を見開いた。

 おそらく三日鷺が手にした時に、あらかじめ込めていたのだろう。

 命令は二つだった。

 灯乃を守ることと、この三日鷺の欠片を守ること。


 「御意」


 雄二は欠片をチェーンにつけると、ふぅと息を吐き、空手の型を構えた。

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