第25話

 「とにかく斗真君たちを見つけなきゃ」


 春明はそう言って立ち上がるが、雄二が腕を掴み、それを止める。


 「今出て行ったら、奴らに見つかるかもしれねぇ。戦闘じゃ勝ち目ねぇだろ?」

 「そうだけど……」

 「ではとりあえず、雄二あなたは帰られますか?」

 「え?」


 雄二と春明が揉めていると、朱飛がポツリと口を挟み、二人を振り向かせる。


 「相手が三日鷺なら、出会したとしても標的以外の者を執拗に狙ってきたりはしないでしょう。あなたを送り届ける分には問題ないかと」

 「いや、大アリだろ。俺だけ逃げ延びても仕様がねぇよ」


 呆れた声で雄二は言うが、朱飛は真剣な面持ちのまま彼を見据える。


 「それはつまり、あなたも巻き込まれて良いということですか?」

 「えっ?」

 「関わりたくなければ、ここは従うべきところ。それを拒むということは、自らはもう部外者ではないと?」

 「それは……」

 「唯朝 灯乃――彼女をあなたは守りたいらしいですが、それは三日鷺に関わるということです。たとえ巻き込まれ危険な目に遭ったとしても構わないと、そういうことになりますが?」


 朱飛に指摘されて、雄二はハッとした。

 今の灯乃を普通の女の子として連れ帰り、守っていくことは出来ない。

 もうただの幼馴染みではないのだ。

 それを改めて感じ、雄二は口を閉ざす。

 するとそんな彼を見て、春明が幻滅したように溜息をついた。


 「こうしている間にも三人は襲われてるかもしれない――灯乃ちゃんを、助けに行かないのね?」


 初めて見る春明の冷ややかな視線が、雄二の痛いところに突き刺さった。


 ――助けに行かない訳じゃない。けれど……


 あれだけ灯乃を守ると啖呵を切って強引に入り込んだのに、身体が動かない。


 ――灯乃より自分の身を心配してるっていうのか? 俺が?


 返す言葉もなく沈黙が訪れようとするその時、朱飛が再び口を開いた。


 「言っておきますが、あなたのことは命じられてはいますが、それは送り届けることではありません」

 「え?」

 「あなたが我々に関わることを望むか否か――それによってあなたが望む方に従えと」

 「……なんだと……?」


 雄二はショックを受けた。

 守りたい者を捨てて安全である方を選ぶか、危険であっても守りたい者を守る方を選ぶか。

 三日鷺は彼に選択を委ねるというのだ。

 当惑の眉を顰める雄二の姿をじっと見定めながら、朱飛は命令された時のことを思い浮かべる。


 ――あの男、我のこの欠片によって命を受けておる。灯乃を守れ、と。だが、縛られておるという意識はないだろう。なんせ刃に斬られた訳ではない、欠片を持たなければ我の力も宿らぬ。朱飛よ、あやつの言葉は命令からきたものなのか、それとも本人の意志か。どちらと思う?


 三日鷺の問いかけを思い起こし、朱飛は雄二に手を差し伸べた。


 ――唯朝 陽子が選んだ男。少しは見込みがあるのだとしたら……


 「もしあなたが関わらず帰りたいと言うなら、言う通りに送り届けましょう。その時は、三日鷺のことは誰にも口外しないと約束して貰います。しかし、もしそうでないのなら――あなたが唯朝 灯乃を守りたいのであれば、あなたにコレを渡すようにと」


 そう言って朱飛が出した手の中には、これまで雄二がずっと持っていた三日鷺の欠片があった。


 「これ……!」

 「これはあなたの力となる。けれど、受け取ればあなたも三日鷺から逃れられない」


 朱飛の一言に、雄二の心臓がドクンと跳ねた。

 石は、陽子の形見。陽子が彼を選んで委ねた物。

 本当は、危険がなければ持っていてあげたいのに。

 グッと堪えるような目で石を見つめ、雄二は考える。


 ――どうしたらいい? 答えが出ない……


 と、その時。


 「雄二君、危ない!」


 春明の叫び声と同時に、手裏剣が彼を狙って飛んできた。

 咄嗟に春明が薙刀で庇ってくれたおかげで当たりはしなかったが、それでも窮地に立たされていることを知る。

 黒紅の影たちに見つかり囲まれてしまっていたのだ。


 「……まずいわね。悩んでる余裕はなさそうよ?」


 雄二を間に、春明と朱飛が前後で身構え嫌な汗をかく。

 もはや絶体絶命の言葉に相応しく、せめてもの悪あがきで春明が雄二に言った。


 「ここは私たちで何とかくい止めるから、その隙におばさまを連れて逃げて」

 「え、でも……!」

 「行くわよ!」


 雄二の返答も聞かずに、春明と朱飛が影たちの中へ突っ込んでいき、その瞬間一斉に二人へ攻撃の刃が飛び交った。

その間に僅かな隙が出来て、雄二は苦渋な思いでトキ子を抱き上げ突破口へ走る。

 朱飛の言った通り、初めこそ攻撃されたものの、二人から離れるにつれ段々意識されなくなり、拍子抜けする程あっさり窮地を抜け出すことが出来た。


 ――眼中にないんだ、俺たちは関係ないから。


 そう思うと何だか虚しくなって、門を飛び出し少し走ったところでふと振り返る。


 ――結局、逃げ出してしまった。何も考えずに、何も出来ずに。……良いのか? これで……


 雄二は無意識に彼女に問いかけた。


 灯乃……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る