第24話

「いつの間に!?」


 既に侵入されていたことなど誰も気づかず、その思いがけない敵襲に皆目を見開いた。

 黒紅の影が散らばり、それぞれを狙う。

 手傷を負っている雄二に飛び掛かる影を春明が薙刀で弾き返し、眠る灯乃を庇う斗真には仁内が援護し、攻撃を受け流した。


 「ここはもう駄目だ。春明、命令だ――雄二を守れ!」

 「御意」


 斗真の命令に春明は応えると、雄二を連れて外に飛び出す。

 斗真も灯乃を抱き上げ、仁内と共に攻撃を回避しながら外の庭へと出ると、黒紅の群衆も放たれた矢のように素早く追ってきた。


 「くっ……!」


 逃げきれない。

 その言葉が頭を過ぎり、春明は背を向けて走ることが出来ず、振り返り際に薙刀を振り下ろすが、簡単に躱されてしまう。

 その大振りの隙をつかれて、敵の手甲鈎が彼の右脇を狙うが、春明もその動きを読んでいたのか、石突で何とか突き防いだ。

 しかしそれだけで動きを封じられる筈もなく、更には他の影も彼らに迫ってくる。

 それは斗真たちにも同じで、仁内が戦斧で応戦するが、なかなか止められなかった。


 ――どうしてこんなに強い?


 周りの戦闘を見ながら、雄二は思った。

 春明も仁内も三日鷺の力で戦っているのに、何故ここまで手こずる……?


 そんな時、雄二の眼前に小さな缶状のものが飛んできて、地面に転がった瞬間、濃い煙が一気に噴き出した。

 発煙弾だったようで、真っ白に広がった煙幕が周辺を覆い隠すように満たすと、雄二は突然後ろから誰かに身体を引っ張られる。


 「うわっ……お前は!」

 「静かに。紅蓮の三日鷺に、あなたの事も命じられています。こちらへ」


 朱飛が声のトーンを一つ落として、雄二を岩影へと導く。

 側には春明もいて、朱飛の言葉を信じるように頷くと、二人で彼女を追った。


 「あいつら何なんだよ? お前らの仲間じゃないのか?」

 「……」


 朱飛が雄二の問いかけに無言を決め込んでいると、煙幕が薄れていき、徐々に辺りが見えるようになってきた。

 三人が身を小さくしてしゃがみ込んだその岩影には、灯乃の母親――トキ子が寄りかかって眠っている。

 庭に目を向けると、黒紅の集団がキョロキョロと見渡し、やがて標的を求めて消えていく。

 どうやら斗真たちも上手く乗じて身を隠すことが出来たらしい。

 春明がホッと安堵すると、雄二に向かって口を開いた。


 「ひとまず大丈夫よ、雄二君。でも気をつけて。あいつら皆、三日鷺よ」

 「……なんだって?」


 *


 「なんで三日鷺なんだよ?」


 暗い夜道を走り抜ける斗真に、仁内が困惑した顔で言った。

 家を出てすぐは田畑が広がり、舗装されていない田舎道が続く。

 元々住宅街から離れていて電灯もほとんど立っていない為、闇夜に紛れるのは容易かったが、建物が少ない分隠れる場所が限られてしまっていた。

 今のところ追っ手は来ていないようだが、見つかればまず逃げきれない。

 斗真は灯乃を抱きかかえたまま辺りを注意深く見回すと、仁内と共にただ走った。


 「斗真、刀はテメェがずっと持ってる筈だろ? それともあれは三日鷺の力じゃねぇってのか?」

 「いや、三日鷺だ。……一度、奪われているからな」

 「……マジかよ」


 いつの間に?と言わんばかりに仁内が眉を歪ませる。

 しかし彼の中で合点がいったようで、余程の驚きはなかった。


 「ったく、テメェが本家から春明と出てきた原因はそれか。誰にやられた?」

 「お前に言うと思うか?」

 「テメェ……」


 至極当たり前のような顔で軽く躱され、仁内の機嫌は更に悪くなる。

 しかしここで揉めても仕方ないことは彼も重々承知していて、苛々しながらも舌打ちだけで何とか止めた。


 「これからどうすんだよ?」

 「春明たちと合流する。何とか連絡をつけたいが……」


 斗真が言いかけたその時、仁内の左頬を何か冷たい物が掠って、一瞬で前方の暗闇へと消えていった。

 垣間見えたのは六方手裏剣、一筋の血が頬を伝い流れた。


 「くそっ、もうかよ」


 二人は背後に集中すると、闇の中から目を光らせ、黒紅の影たちが疾走してくるのが見えた。

 どうやら随分夜目が利くらしい。

 スピードを上げ二人は必死で逃げるが、影たちとの距離がどんどん狭まってきている。


 ――どうする……!?


 灯乃を抱える斗真の手に力が篭った。


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