第23話

 「――三日鷺か。世の中には怖ぇものがあるんだな」


 春明からファンタジーのような話を聞いて、雄二は目を丸くした。

 本当は、春明も話して良かったのかと頭の片隅で思っていたが、彼にならそうする方がいいような気がしていた。

 仁内が無言でじっと睨みつけてくる中、後で斗真からの叱責がどのくらい来るかを、春明は想像し苦笑する。


 「でも、私を斬ったのが斗真くんで良かったと思ってるわ」


 春明はどこか穏やかな目で優しく言った。


 「彼、頭固いけどお人好しだから。色々あって三日鷺の力を必要としてるけど、酷い命令なんてしないし、灯乃ちゃんのことだってずっと悩んでるんだから」

 「……へぇ」


 春明の言葉に、雄二は斗真の印象を変えた。

 どうやら私利私欲で灯乃を斬ったのではないようだと、少なくともそれくらいは雄二も理解した。

 だからといって、灯乃を任せる気にはなれない――そう、思っていたのだが。

 今は何もついていないチェーンの先を見つめながら、雄二はぼんやりと口を開いた。


 「陽子は分かってたのかな、灯乃が三日鷺に関わること。だからあれを俺に託したのかな?」

 「雄二くん……」


 三日鷺の折れた刃の一部であると聞かされ、雄二は石を紅蓮の三日鷺に渡してしまった。

 陽子の想いが、あの石にはたくさん詰まっていたかもしれないのに。


 ――手放して良かったのか? 俺は……


 どことなく喪失感が彼にはあった。

 石を持たなくなったことで、灯乃を守りたいという意識が薄れたような、そんな感じを覚えていた。


 ――陽子の望みは、重荷だったのか……?


 「皆、動くぞ」


 そんな時、斗真が再び部屋に戻ってきて言った。


 「はぁ……やっとかよ」

 「少し前から嫌な気配でいっぱいだったものね。牽制のつもりかしら?」


 仁内と春明も外の様子を感じ取っていたようで、彼の言葉をすぐに理解し立ち上がる。

 すると仁内が、斗真を挟んだ柱の影で灯乃が眠っているのに気づく。


 「おい、なんでこいつ戻ってんだよ!?」

 「あまり長くは姿を保っていられないようだ」


 三日鷺の力がすっかり消え、ただの女の子に戻っていた灯乃。

 仁内は顔を引きつらせて笑った。


 「こんな時に使えねぇ」

 「灯乃ちゃん、起こさないの?」

 「あぁ、このまま連れて行く」


 春明の問いかけに、斗真は雄二の方を見ながら答えた。

 彼がどう反応するかで、斗真も腹をくくらなければならない。


 「起こすと色々話さなければならなくなる。そんな時間はないからな」

 「灯乃を、連れて行くのか?」

 「あぁ」


 斗真と雄二、互いの双眸がかち合い、探りを入れる。

 斗真の中で、紅蓮の三日鷺が放った言葉が蘇った。


 ――気づいておらぬだろうが、あの男は……


 とその時。


 ――!!!!


 一瞬の殺気を感じて、皆天井を見上げる。

 外の気配に気を取られ過ぎていたのか、そこにはすでに黒紅の装束を纏った群衆が、彼らを狙っていた。

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