動く

第22話

 ――雄二。もし私に何かあったら、あの子を……灯乃をお願い


 雄二は夢を見ていた。

 辺りは茜色に染まり、夕日が誰かの背を照らしている。 

 暗くて顔は見えないが、誰かは分かる。

 雄二がよく覚えている、あの時の記憶こうけい


 ――頼めるのは君だけだから


 彼女はそう言って、雄二の手に菱形の石を乗せた。


 ――御守り。きっと君を導いてくれる、だから灯乃を……


 「……ぎょ……」

 「雄二くん?」


 春明の声が聞こえて、雄二は目を覚ました。

 気付けば家の中に運ばれていて、たった今手当てを終えたのか、春明が救急箱をパタンと閉め、彼を見ていた。

 周りには斗真と、少し離れて仁内もいる。


 「雄二、といったか? 何故お前がそれを持っている?」

 「え?」


 斗真の問いかけに、雄二はぼんやりと彼らが見てくる方に目を下ろすと、菱形の石が露になっているのが見え、思わずバッと隠すように石を握り締めた。

 理由は分からないが、三人の様子からこれが重要なことだと感じ取って、雄二の握る手に力が入る。


 「何故だ?」

 「ふん。知りたきゃ、なんで知りたいか教えろ」


 今までのこともあり、雄二はむきになって言い返す。

 するとそんな時、襖を開けて紅髪の灯乃が入ってきた。


 「それは我のものだからだ」

 「灯乃……?」

 「あれは紅蓮の三日鷺、灯乃ちゃんじゃないわ」

 「紅蓮の三日鷺……?」


 春明の言葉に雄二は戸惑っていると、三日鷺が斗真に一瞬目配せをし、襖を閉める。


 「それは我の折れた刃の一部。まさかこんなところで出会えようとはな」

 「折れた刃の一部?」


 三日鷺は刀を抜くと、あふれ出る炎を抑えようと瞳を閉じる。

 すると炎が消え、折れた刃が中から現れた。


 「一つでは足りぬが、それは紛うことなき我のもの。刀に共鳴しておろう?」


 三日鷺がそう言って雄二が手の平を開けると、まるで炎が宿ったように石が淡く紅色に光っていた。

 少し熱を感じる。


 「これは……陽子が、俺にくれたものだ。御守りだって言って」


 雄二は不思議そうに石を眺めながら呟いた。


 「ただの宝石かと思ってた。こんなに光るなんて」


 *


 部屋に雄二ら三人を残し、斗真は三日鷺と広縁に出た。

 よろけ縞じまの和紙に囲われた天井照明に明るさはなく、薄暗い中、部屋からもれる灯りだけを頼りに互いの姿を見る。


 「やはり囲まれているか」


 外に目をやり、斗真は険しい表情を浮かばせながら、三日鷺の報告を聞いていた。

 外部から漂う、これまでにない不穏な気配が、不気味なまでの静けさを作り出す。


 「灯乃の母親は?」

 「朱飛をつけておる。隙を見て、送り届けるよう命じた。問題は外の連中だが」

 「あぁ、ここはもう駄目だ。移動する」


 冷静に判断しながら、斗真は考えあぐねる。

 これからどう動くべきなのか。一歩間違えれば、全てを失くすかもしれない。

 それ程慎重にならなければならない厄介な相手なのだ。

 仁内や朱飛の一派とは違うことを、斗真は敏感に感じ取っていた。


 「で、あの男はどうする?」


 三日鷺は襖越しに雄二の方へ目を向け、訊ねる。

 斗真は悩んだ。一番の障害が雄二なのだ。

 刀の欠片を持っていた彼を、みすみす帰していいのかどうか。

 かといって、巻き込んでいいのかと訊かれても返答に困る。


 「灯乃を連れて行くからには、黙ってはいないだろうが……」

 「さて、それは分からぬぞ?」


 柔弱な気持ちに嫌気がさしてきた斗真を他所に、三日鷺が呟く。

 彼女が目を落とした手の中では、淡紅の石が光っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る