第21話

 「――私に勝ったら教えてあげる」


 言うべきはなかったかもしれないと、春明は思っていた。

 目の前にはぐったりと座り込む傷だらけの雄二が、それでも負けまいと必死に強い視線を向けてくる。

 春明の言葉を聞いてからというもの、雄二はいっこうに諦める気配を見せず、けれども彼を女性として認識しているせいか、本気も出せず、やられるがままだった。

 そもそも春明は手傷を負っているとはいえ、三日鷺の力をもって彼の前に立っているのだ。

 その上、間合いの広い薙刀に対して素手では、雄二が本気を出したところで敵う筈もなかった。

 考えるまでもなく、分かっていた結果だった。

 しかしこうも強情であるとは思わず、考えの甘さに春明は溜息をもらす。


 「雄二くん、諦める気はないの? これ以上は……」

 「嫌だね。俺はちゃんと説明してもらうまでは納得なんて絶対しねぇ」

 「強情ね」

 「それだけが取り柄なんでね」


 雄二は呼吸を乱しながらも、春明に向かって小さく笑った。

 そんな彼を見て、春明はムッと顔を歪ます。


 「どうしてここまでするの? そんなに灯乃ちゃんが大事?」

 「……あいつは昔からどういう訳か余計な苦労が多くて、ホントついてねぇ奴なんだ。特別、馬鹿で間抜けって訳でもないのに、よく変なことに巻き込まれてさ。いつも陽子ようこと一緒になって助けてやってたんだ。でも陽子はもういない。今は俺があいつを守ってやらなくちゃいけないんだ、絶対に引くかよ」


 真っ直ぐな眼差しを向け、意志の強さを春明にぶつけた。

 幼馴染みであるが故の、長い年月をかけた絆。

 それを目の当たりにしてか、春明は悔しそうに下唇を噛んで背を向けた。


 「……斗真くん、呼んでくるわ」

 「え?」

 「私じゃ、手に負えそうにないもの」


 春明は呟くようにそう言うと、拗ねたように門の中へと入っていった。


 ――幼馴染みなんて……ずるい


 灯乃のことを春明は少し恨めしく思う。

 灯乃と雄二――共に信頼し合っている二人。

 これじゃキープは難しいかな、などと春明は考えながら前を見ると。

 そこに、紅蓮の三日鷺の姿をした灯乃と側に寄り添う斗真が映る。


 「…………ホント、ずるい子」





 それから斗真を連れて春明が再び外へ出ると、雄二はすでに意識を失い倒れていた。

 空手をしていてもここまで傷を負う事はなかったせいか、精神的にも疲弊していたのだろう。

 少しやり過ぎたと、春明は罰が悪そうに片膝をつき、そして彼のことを話した。


 「雄二くん、ちゃんと説明してもらうまでは絶対に引かないそうよ」

 「……そうか」


 何を考えているのか春明には分からなかったが、斗真は真剣な目で雄二を見る。

 頭に浮かぶのは、灯乃のことだった。

 彼女を引き込んだことで、雄二はますます引き下がらなくなる。


 「俺も中途半端だな」

 「え?」


 斗真は灯乃に言った言葉を思い出した。


 ――やるなら徹底的に。それなのに俺は、巻き込んでいいのかどうかまた迷っている。どうしてだろうな。

 灯乃のことは、あっさり引き入れたのに……


 「主」


 そんな時、門の内側から灯乃が姿を見せ、彼を呼んだ。

 いや、斗真を主と呼ぶのは灯乃ではない――紅を纏った彼女。


 「紅蓮の三日鷺か。灯乃は?」

 「眠っておる。色々あってか、暫くは目を覚ますまい」

 「そうか」


 おそらく姿を変えたまま灯乃が眠ってしまった為に、三日鷺の意識が彼女を上回ったのだろう。

 それでも灯乃にかけた命令のせいで、三日鷺もまた外に出ることが出来ず、その場から雄二を凝視する。 


 「ところで主よ。その男から我と同じ気配がするのだが?」

 「え?」

 「そやつ、我の何かを持っておるぞ」

 「……なんだと?」


 それを聞いて斗真が雄二を見ると、襟元から僅かに細いチェーンが見えた。

 彼は何かを首にさげている。

 春明がそれを引き出すと、菱形に象られた透き通る石が先端に現れた。

 斗真の目が訝しく光った。

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