第21話
「――私に勝ったら教えてあげる」
言うべきはなかったかもしれないと、春明は思っていた。
目の前にはぐったりと座り込む傷だらけの雄二が、それでも負けまいと必死に強い視線を向けてくる。
春明の言葉を聞いてからというもの、雄二はいっこうに諦める気配を見せず、けれども彼を女性として認識しているせいか、本気も出せず、やられるがままだった。
そもそも春明は手傷を負っているとはいえ、三日鷺の力をもって彼の前に立っているのだ。
その上、間合いの広い薙刀に対して素手では、雄二が本気を出したところで敵う筈もなかった。
考えるまでもなく、分かっていた結果だった。
しかしこうも強情であるとは思わず、考えの甘さに春明は溜息をもらす。
「雄二くん、諦める気はないの? これ以上は……」
「嫌だね。俺はちゃんと説明してもらうまでは納得なんて絶対しねぇ」
「強情ね」
「それだけが取り柄なんでね」
雄二は呼吸を乱しながらも、春明に向かって小さく笑った。
そんな彼を見て、春明はムッと顔を歪ます。
「どうしてここまでするの? そんなに灯乃ちゃんが大事?」
「……あいつは昔からどういう訳か余計な苦労が多くて、ホントついてねぇ奴なんだ。特別、馬鹿で間抜けって訳でもないのに、よく変なことに巻き込まれてさ。いつも陽子ようこと一緒になって助けてやってたんだ。でも陽子はもういない。今は俺があいつを守ってやらなくちゃいけないんだ、絶対に引くかよ」
真っ直ぐな眼差しを向け、意志の強さを春明にぶつけた。
幼馴染みであるが故の、長い年月をかけた絆。
それを目の当たりにしてか、春明は悔しそうに下唇を噛んで背を向けた。
「……斗真くん、呼んでくるわ」
「え?」
「私じゃ、手に負えそうにないもの」
春明は呟くようにそう言うと、拗ねたように門の中へと入っていった。
――幼馴染みなんて……ずるい
灯乃のことを春明は少し恨めしく思う。
灯乃と雄二――共に信頼し合っている二人。
これじゃキープは難しいかな、などと春明は考えながら前を見ると。
そこに、紅蓮の三日鷺の姿をした灯乃と側に寄り添う斗真が映る。
「…………ホント、ずるい子」
*
それから斗真を連れて春明が再び外へ出ると、雄二はすでに意識を失い倒れていた。
空手をしていてもここまで傷を負う事はなかったせいか、精神的にも疲弊していたのだろう。
少しやり過ぎたと、春明は罰が悪そうに片膝をつき、そして彼のことを話した。
「雄二くん、ちゃんと説明してもらうまでは絶対に引かないそうよ」
「……そうか」
何を考えているのか春明には分からなかったが、斗真は真剣な目で雄二を見る。
頭に浮かぶのは、灯乃のことだった。
彼女を引き込んだことで、雄二はますます引き下がらなくなる。
「俺も中途半端だな」
「え?」
斗真は灯乃に言った言葉を思い出した。
――やるなら徹底的に。それなのに俺は、巻き込んでいいのかどうかまた迷っている。どうしてだろうな。
灯乃のことは、あっさり引き入れたのに……
「主」
そんな時、門の内側から灯乃が姿を見せ、彼を呼んだ。
いや、斗真を主と呼ぶのは灯乃ではない――紅を纏った彼女。
「紅蓮の三日鷺か。灯乃は?」
「眠っておる。色々あってか、暫くは目を覚ますまい」
「そうか」
おそらく姿を変えたまま灯乃が眠ってしまった為に、三日鷺の意識が彼女を上回ったのだろう。
それでも灯乃にかけた命令のせいで、三日鷺もまた外に出ることが出来ず、その場から雄二を凝視する。
「ところで主よ。その男から我と同じ気配がするのだが?」
「え?」
「そやつ、我の何かを持っておるぞ」
「……なんだと?」
それを聞いて斗真が雄二を見ると、襟元から僅かに細いチェーンが見えた。
彼は何かを首にさげている。
春明がそれを引き出すと、菱形に象られた透き通る石が先端に現れた。
斗真の目が訝しく光った。
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