第18話

 「……何の真似だ?」


 思わず受け取った刀を手に、斗真は訊ねた。

 仁内は真剣さをそのままに彼と向き合うと、両手に半月斧を構える。


 「抜けよ。俺と殺ろうぜ」

 「馬鹿か? お前は俺に攻撃出来ないだろ?」

 「じゃあ、てめぇが俺を斬って終わりだ」


 仁内の言葉の意図が読めず、斗真はただ訝しげに見ていると、仁内が痺れをきかせたのか、無防備に大きく両腕を広げてきた。

 その態度に、斗真はますます警戒する。


 「斬れよ、俺を」

 「……無意味だ」


 そんな二人の様子を、遠くでこっそり覗き見している灯乃。

 彼女ももちろん仁内が何を考えているのか分からず、首を傾げていると。


 「違うな。――斗真、てめぇ戦えねぇんだろ?」


 仁内はまっすぐ彼に告げた。

 灯乃にはその言葉の意味が分からないままだったが、斗真にはそれが理解でき、眼を細める。


 ――斗真……? 何かを隠しているの?


 「見たところ、あのご自慢の愛刀も持ち合わせていねぇようだし。どうしたよ、捕られたか?」

 「お前には関係ない」

 「図星か? だが他にもあるよな? 刀一つ失くなったところで、てめぇの強さは変わらねぇし、あんなガキを斬る必要もねぇ」


 仁内は真相を探るように、斗真の顔色を窺いながら攻めていく。

 斗真は表情を崩すまではしないが、双眸の鋭さが一層深まり、そして険しくなった。


 「斗真――星花ほとのかはどうした?」

 「……!」


 ――星花……?


 灯乃は、仁内の口から出たその知らない名前を聞いてふと思った。

 もしかして斗真が言ってた、双子の姉の名ではないだろうか。

 斗真の様子が更に険しくなった。

 思い出したくない何かを、頭に浮かべてしまったのかもしれない。


 ――お姉さん、か……


 するとその時、


 ――シュンッ!


 一本のクナイが、仁内目掛けて飛んできた。

 彼はすぐに気づいて避わすと、どうやら仕留める気はなかったのか、それは軽く柱に突き刺さる。

 そのクナイは、間違いなく朱飛のもの。


 「朱飛。俺に殺られに来たのか?」


 塀の上に彼女を見つけると、仁内は怒りを表すようにギロリと睨みつけた。話の腰を折られたのと、懲りずに狙ってきたのが気に入らなかったらしい。

 そして灯乃からの“奴らを追い払え”の命令で、すぐに力が漲り戦闘態勢に入る。

 しかしそんな彼とは反対に、朱飛の側に控える男が抱える女性を見て、灯乃が驚愕して飛び出してきた。


 「お母さんっ!?」

 「灯乃……っ?」

 「お母さん、だと?」


 灯乃は人違いだと思いたいのか、じっと見つめて再度確認するが、やはり間違いない。


 「仁内、命令解除よ! やめて!」

 「なっ」

 「人質のつもりか」

 「紅蓮の三日鷺と刀、我々に頂けますね?」


 朱飛は涼しい顔で側の男に合図を送ると、彼はさっと小太刀の刃を母親の首筋に近づけた。

 その殺気を当てられてか、母親が眼を覚まして周りを見渡し、灯乃を見つける。


 「……陽子? 陽子!!」


 しかし灯乃に向けられたのは別の名前。斗真も仁内も疑問を抱いた。


 「陽子? どういう事だ?」

 「そっそれは……」

 「陽子! これは何の冗談なの!? 陽子!!」


 現状が把握出来ていないのか、母親はジタバタと男の腕の中で暴れるが、更にギリギリまで小太刀を突きつけられると、恐怖で身体を強張らせ、引きつった顔で固まった。

 その光景に灯乃も動揺を隠しきれないでいるが、それと同じくらいなぜか仁内も動揺した様子で灯乃の前に背を向けて立つ。


 「……おい、ガキ。てめぇ、名前何て言った?」

 「え? ――唯朝 灯乃、だけど?」

 「唯朝……!?」


 その苗字に仁内は拳を握り締めた。


 ――唯朝 陽子だと? なんで今になって……


 「さぁ、彼女と刀をこちらへ」


 朱飛が催促の言葉を投げ掛けると、仁内が舌打ちし、口を開いた。


 「おい斗真。灯乃に刀渡せ」

 「仁内?」


 彼は背に隠すように手をまわし、朱飛に見えないよう斗真に何かを合図する。

 仁内が灯乃を名前で呼ぶのは初めてで、一瞬二人は気後れするが、彼の合図を見た斗真は灯乃に三日鷺を手渡した。


 「では、こちらへ」


 灯乃はゴクリと息を呑み、ゆっくり朱飛の方へ進んでいく。

 仁内には何か作戦があるようだが、合図の意味を灯乃は知らない。ただ言われるままに進むしかなかった。

 だがその時、塀の外から複数の走ってくる音が聞こえ、灯乃は思わず立ち止まる。


 「いたぞ! 上だ!」


 雄二と春明だった。

 塀を挟んで雄二の叫ぶ声が耳に入り、朱飛達の視線が一瞬三人から外れると、その隙をついて斗真が素速く朱飛へ飛んだ。

 それは今まで見た中で一番速い――もしかすると三日鷺の速さにも匹敵するかもしれないような……


 しかしそれでも距離があったせいか、朱飛達に気づかれてしまうが、彼女がクナイで斗真を攻撃しようと動いた瞬間、今度は仁内に三日鷺のスイッチが入り、瞬く間に朱飛の間合いに入り込んだ。

 そして斗真が苦無を避けたところを狙って、戦斧を朱飛に振り投げた。

 朱飛は咄嗟にそれを避けるが、体勢が崩れて塀から落ちる。

 そして勢い余った仁内の戦斧は、そのまま隣の黒ずくめの男に直撃し、その手から落ちていく灯乃の母親を斗真が受け止め、雄二達のいる外側へと着地した。しかし、


 「きゃあっ!」


 突然内側から灯乃の悲鳴があがり、皆ハッとする。

 朱飛が落ちたのは塀の内側。仁内は塀の上、斗真は塀の外、内側には三日鷺を持った灯乃しかいなかった。

 まんまと朱飛の手中に収まり、再び拘束される灯乃。

 やむを得ない――その言葉が斗真の脳裏を横切った。


 「灯乃、命令だ――朱飛を斬れ」

 「御意」


 灯乃は素速く鞘から刀を抜くと、炎の刀を振るい、紅蓮の三日鷺へと変貌した。

 本当は彼女をそっとしておきたい。

 斗真は思うが、やはりまた状況がそうさせる。

 一度三日鷺になった者は、もう戻る事は出来ないのだろうか?


 その姿を見るなり、すぐに彼女から離れようと塀の上へ飛ぶ朱飛だったが、既に遅く、それ以上に高く舞う三日鷺の刃が朱飛を捕えた。


 「貴様の真名、確かに」


 朱飛の背中をバッサリと斬り、灯乃が小さく言葉を吐くと、三日鷺の焔の中から朱飛の名前が浮かび上がった。

 それは仁内の時と同様、三日鷺によって縛られた証。


 「紅蓮の三日鷺の名において命ずる。朱飛――これより我が配下に下り、その身を我が主を護る盾とせよ」


 その言霊が発せられた途端、重い拘束を感じ、朱飛は膝をついた。


 「……御意」


 これでひと段落ついた、と灯乃は息をつくが。


 「――灯乃? あれが灯乃なのか?」


 塀の上にとどまる紅蓮の三日鷺を見て、雄二は呆然としていた。

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