第17話

 「――ここが、灯乃ちゃんの家……」


 雄二と共に、春明は灯乃の家の前まで来ていた。

 彼女の母親の事――春明は気になって、つい案内を頼んでしまったのだ。

 雄二が呼び鈴を鳴らす。すると、


 ――ガチャッ!


 待つ間もなくすぐに扉が開いて、母親らしき女性が現れた。

 おそらく娘の帰りをずっと待っていたのだろう、そのせいか表情に少し疲れが見え、やつれているような気さえした。

 だがそれでも待ちわびた娘の帰宅に、満面の笑みを浮かべて外へ飛び出してくる。しかし、


 「陽子!!」

 「え?」

 「陽子は!? 陽子はどこなの!?」

 「陽子……?」


 てっきり灯乃の名を呼ぶかと思いきや、全く別の名前を聞き、春明は一瞬固まった。


 ――陽子? いったい誰のこと?


 「すみません、おばさん。あいつ、また勉強に没頭してて」

 「……雄二くん?」

 「そっそうなの? ……そう、そうよね、あの子お勉強好きだから……」


 何食わぬ顔で彼女へ言葉を返す雄二に、春明は全くついていけずただ戸惑う。

 彼の口ぶりから察するに、陽子という人物は――まさか灯乃のことなのだろうか。


 「どうぞ、あがっていって。灯乃に会いに来てくれたんでしょ? あの子もきっとあなたに会いたがってるわ」

 「え?」

 「はい、それじゃお言葉に甘えて」


 二人の会話を聞いて、ますます分からなくなった春明は、更に頭を悩ませる。

 とりあえず中へと促され雄二と上がり、リビングへと通されるが、視界に仏壇が映ると、その位牌の名前と飾ってある写真を見て春明はハッとした。


 ――唯朝 陽子。


 「……この陽子って子、灯乃ちゃんの……」

 「あぁ、姉だ。陽子は二年前、交通事故で死んだ」


 雄二は、キッチンで飲み物を用意しているその母の姿を横目で見ながら、春明にそっと告げた。


 「何を思ったのか、急に道路へ飛び出してきたそうだ。あいつらしくない」

 「らしくないって?」

 「陽子は俺達の二つ上で、賢くて何でも出来る奴だったんだ。灯乃と違って落ち着いてて大人っぽくて、とてもそんな馬鹿をやるような奴じゃない筈なんだ。それなのに……」


 雄二は複雑な気持ちで、写真の陽子を眺める。


 「おばさんは陽子にすげぇ期待しててさ、特に溺愛してた。なのにあんなことになっちまって……おかしくなったんだろうな。死んだのは灯乃ってことにして、あいつを陽子の代わりにしてるんだ」


 雄二はそう言うと、写真の陽子が灯乃に見えてきたのか思わず眼を背けた。

 春明もふと灯乃の姿を想像する。

 何事もないように、普通に笑っていた灯乃。高熱にも負けない、強い意志を持った子。

 それなのに……


 「灯乃ちゃん、可哀想ね。死んだことにされてるなんて――あの子、ここに居場所ないじゃない」

 「それでも放っておけないんだろう。それに、親父さんは単身赴任でなかなか帰って来れないらしいからな。流石におかしくなった母親を一人には出来ないさ」


 雄二は母親の方をそっと見ながら、灯乃の気持ちを察して呟いた。

 と、その時。


 「きゃあっ!」


 突然、黒い影が彼女を包み込むように現れ、そして捕らえた。

 二人が見ると、母親を抱えた黒ずくめの男と朱飛の姿が映る。


 「なんでこんなところにお前が!?」

 「まさか、灯乃ちゃんを強請るつもりで?」

 「灯乃を? なんでそんなこと……」


 春明の言葉に雄二が不思議そうに訊ねるが、その答えも出ないまま、朱飛達が一瞬で姿を消した。

 理由はどうであれ、きっと灯乃のところへ向かったに違いない。

 雄二は不満を抱えながらも、春明と急いで彼女達の後を追った。

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