居場所

第16話

 灯乃は、居間で正座をして俯いていた。

 上座に斗真が座り、睨むようにじっと彼女を見る。

 きっと雄二のことで怒っているのだろう。

 そう思って、ビクビクしながら灯乃が彼の言葉を待っていると、どういう訳か斗真は三日鷺を彼女の前に突き出した。


 「持ってみろ」


 思っていた内容ではないことに拍子抜けする灯乃。

 どういう意図で言ってきたのかは知らないが、内心ホッとしながらもとりあえず言う通りに彼女は刀を両手で受け取った。

 真紅の鞘に収まる三日鷺の刀、斬られた者が触れれば高熱を発する。

 けれど灯乃の手に熱さを感じることはなく、すんなりと手に取ることが出来た。

 不思議な気配とどっしりとした重み。


 「鞘から抜いてみろ」


 斗真は神妙な面持ちで灯乃を見ながら言う。

 彼からしてみれば本題はここからだった。

 今は鞘で見えないが、刃は折れたまま。果たして普通の状態の彼女に復元出来るかどうか。

 灯乃はごくんと息を呑み、深呼吸をしてゆっくり引き抜いた。


 ――ボォッ。


 すると刃から炎が現れ、みるみる内に美しい刃へと復元させていった。

 昨夜と同じ、そして――灯乃の髪もまた紅く伸び、服装は黒紅の装束へと姿を変えた。

 その様子に、斗真は眼を細める。


 「刃の復元と、紅蓮の三日鷺に変わることは連動するのか」

 「そうみたい、斗真の命令とは関係ないのね。……でも」

 「でも?」

 「何だか変な感じがする」


 手をひらひらと動かしながら、灯乃は呟いた。


 「自分で動かしてる感覚はあるんだけど、何て言うか、誰かと一緒に動かしてるような……」


 自分自身の力だけでなく、もう一人、誰かの力も加わって、いつもの半分の力で動かしている様な気がしていた。

 おそらくその誰かは、紅蓮の三日鷺。扱い方を誤ったら、灯乃を黒く染め上げ狂わせる諸刃の剣。

 斗真は彼女の装束を一瞥すると、はぁと疲れたような溜息をついた。


 「……刀を返せ」


 彼の言葉に、灯乃はひとまず刀を鞘に戻す。

 すると彼女の姿も元に戻り、まとわりつくような感覚もスゥッと消えた。

 刀を斗真に返すと、彼はその場を立ち上がる。


 「灯乃、今の状態ではやはりお前を返すことは出来ない」

 「えっ」

 「まだ分からないことが多過ぎる。これだけの情報で解決策を見つけ出そうとするのは、まず不可能だ」

 「そんな……」


 斗真の出した結論に、灯乃はがっくりと肩を落とす。

 色々と考えてはくれているようだが、結局現状維持という答えに、彼女の表情は暗くなる一方だった。だが。


 「方法がない訳じゃない」


 斗真は小さく口を開いた。


 「あいつなら……何か知っているかもしれない」

 「あいつ?」

 「いや、何でもない。お前はここでじっとしていろ。間違っても、ここへ誰かを呼ぶようなことは二度とするなよ」

 「えっ、ちょっと斗真っ?」


 斗真はさっさと話を終わらせると、灯乃に口答えさせる隙を与えまいとするかのように素早く部屋を出て行った。

 何故いつもこんなにせっかちなのだろうかと灯乃は頬を膨らませるが、やはりこのままでは納得いかないと彼の後を追う。

 彼女自身の問題なのだから、ただ待つのは嫌なのだ。

 しかし一方で、そんな性分に斗真は困っていた。

 紅蓮の三日鷺となった灯乃の装束は、相変わらず暗い色を表している。このまま首を突っ込めば、家に帰す事は疎か、三日鷺の餌食になってしまうかもしれない。

 原因が分からない以上、彼女への命令は避けるべきなのだ。


 ――だが……


 「随分お優しいんだな?」


 そんな時、通路の先に座り込んでいた仁内が斗真を見て呟いた。

 どうやら話を聞いていたらしい。

 しかし憎まれ口をたたく反面、珍しく真剣な表情に斗真は足を止めると、仁内が立ち上がって刀を一本彼に投げた。

 その様子を、追ってきた灯乃は見てしまう。


 「仁ちゃん……?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る