第14話

 斗真がギリギリのところで助けてくれた。

 灯乃の身体を抱き上げて、彼は上から見下ろしてくる朱飛を睨みつける。


 「今度はお前か」

 「……」


 朱飛はそんな彼を見て、何かを考えるように眼を厳しくさせるが、ふいに見えた三日鷺に気づくと、躊躇せずにクナイを投げ放った。

 寸分狂わず放たれたそれは、二人に向かって容赦なく襲いかかる。

 だが、斗真にそれを避けようという素振りはない。

 彼の腕の中で、灯乃が慌てふためいていると。


 ――キンッ!


 寸前で何かに弾かれる音がして、誰かの影が視界に被さった。


 「仁ちゃん!?」

 「……へ?」


 灯乃が見開くその先には、今の今まで離れた場所で戦っていた仁内がいた。

 本人自身も驚いている様子で、しかも二人をクナイから庇う行動をとったことに固まっている。

 それはまるで、先程の灯乃と同じ――三日鷺の命令。


 「くそっマジかよ」


 灯乃にかけられた命令を思い出して、不本意とばかりに仁内は舌打ちした。

 灯乃の主――斗真を、自分は護らなければいけない。

 彼にとってそれは屈辱ではあったが、ふと自身の両手を見定めると、これまでにないという程に力が漲っているのに気づいた。

 この力は……


 「それが三日鷺の力だ」


 仁内の考えを先読みするように斗真が答えた。

 離れた場所でも危機を感じて駆けつけられる反応の速さと力、まず間違いない。


 「へぇ。これが」


 仁内はニタリと笑って朱飛を見た。

 そんな彼の様子に、灯乃はハッとする。


 ――彼に命令を


 誰かが囁きかけたような気がした。灯乃はそれに揺り動かされるように大きく息を吸い、言い放つ。


 「仁内に命ずる――奴らを追い払え」

 「御意」


 彼女の命令が言霊となり、仁内は颯爽と駆け出した。

 黒ずくめの男たちが対抗するようにまとまって襲いかかりにくるが、三日鷺の力を宿した彼にはもはや何の障害にもならない。

 ひと振りひと振りで、男たちが人の重さというものを全く感じさせないまま次々と吹き飛んでいく。

 それには灯乃や春明のような優美さはなかったが、野性的で力強く、見るものを圧倒した。

 それはまるで――


 「化物……」


 呆然と立ち尽くす雄二が呟いた。


 「よぉ朱飛、待たせたな」


 漆黒の奴らをすべて倒し終えて、仁内がニタリと笑った。狂い見開いたような眼を朱飛に向け、半月斧を担ぎ上げる。


 「この俺に舐めたマネしやがったこと、後悔させてやる!」


 仁内は意気揚々と地面を蹴り上げると、塀の上まで飛び上がり、着地と同時に彼女へと攻撃を仕掛けた。

 それは素速い彼女の動きをも上回る速さ。

 朱飛は何とかギリギリでそれを避わしていくも、いくつか掠って出来た傷に顔が歪む。

 状況は一変して、明らかに不利。もはや彼女の中で、これ以上の戦闘は無意味と判断せざるを得ないものとなっていた。

 朱飛は煙玉を投げ、派手に煙を立ち上げる。


 「うわっ」


 仁内は突然のことにむせて咳き込み、視界を遮られた。

 その隙をつかれたのか、朱飛はおろか黒ずくめの奴らまでも次々と撤退し、煙が晴れて周りの景色が見渡せるようになった頃には、綺麗さっぱり一人残らず消え去られていた。

 仁内が地団駄を踏む。


 「くっそぉ! あのヤロー!」


 まんまと逃げられ、仁内はやりきれない気持ちで叫んだ。

 しかし一方で灯乃はホッと息をつく。


 ――終わった……


 何とか追い払うことができて安心したのか、気を張っていた肩がストンと下りる。

 だが、その肩を支える大きな手に気づいて、灯乃はギクリと顔を上げた。

 一難去ってまた一難。

 斗真の眼が雄二をしっかりと捕らえていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る