第13話

 「えっ何っ!?」

 「灯乃!!」


 雄二が庇うように灯乃を引き寄せ、仁内が飛び掛ってくる凶器を半月斧でなぎ払った。

 弾かれた刃は柱に刺さり、畳に刺さり。見るとそれは、随分と使い込まれた飛びクナイだった。

 しかしその刃は鋭く光り、これでもかという程きれいな傷跡を残す。


 「こいつは……!」


 思い当たる節があるのか、仁内は顔を顰めた。しかし一方で、事態が飲み込めない雄二は困惑の顔を浮かべる。


 「何なんだ、これは」


 訳が分からず戸惑いながらも、次々と容赦なく襲い掛かってくるクナイに、雄二は成す術もなく避わし続ける。

 そんな彼の腕の中で、灯乃はすぐさま悟った。


 ――間違いない。これは昨日と同じ、また奪いにやってきたんだ


 ここは危ない、早く逃げなければ。

 灯乃の体が周囲の殺気に反応してビリビリとし始める。

 他の二人も同じだったのか、仁内はさっさと飛び出し、雄二も灯乃の腕を掴み急いで庭へと走り出た。

 その三人の足を狙うように、後ろからクナイの雨が追う。


 「ちっ。あのヤロー、一体どこからっ!」


 先頭を走る仁内が小さく舌打ちし、辺りを見回すが、肝心の相手の姿はどこにも見当たらない。

 にもかかわらず、クナイは何の加減もなしに襲ってくるばかりだった。

 ついには前方にまで回り込まれて、三人の動きを止められる。すると、鋭い風が一瞬ぶわっと吹き、その瞬間何かが上から降ってきた。


 まるで烏の大群が急降下してきたかのような漆黒の男たち。


 「やっぱりテメーかよ、朱飛あけび!」


 仁内が戦斧を突き出し、身構えると、周りを取り囲む男たちの中から一人の少女が姿を現した。

 その眼は朱く光り、仁内を睨む。


 「昨晩の報告は本当のようですね、仁内様。とんだ失態です」

 「うるせぇ! てめぇは何しに来やがった!?」


 仁内は見るからに憤慨し、怒鳴り声をあげると、朱飛と呼ばれた少女が瞬く間に彼の懐に入り込んで呟いた。

 それは動いたと感じる間もないほど俊敏な動き。


 「決まっているでしょ? 恥さらしの処理です」


 仁内が驚きで眼を見開くと同時に、鋭利なクナイの刃が彼の胸を目掛けて突き付けられた。


 「しまっ……!」


 がその時。


 「うわっ!!」


 突然、仁内が後ろへと倒れ込んだ。というより、背後から無理やり引っ張られたという方が正しいか。

 雄二がギリギリのところで彼の襟首を掴み、朱飛の刃から遠ざけたのだ。

 獲物を逃した彼女の眼が、雄二をじとりと睨む。


 「おい、てめぇ! 何しやがる!?」

 「助けてやったのに、それかよ!」


 頭を擦りながら起き上がり、仁内が怒鳴ると、雄二もまたそれに反発して怒鳴り返した。

 がしかし、すぐに殺気を感じて、雄二は朱飛を見る。


 ――何なんだ、こいつら。特にあの女、嫌な感じが半端ねぇ。


 「部外者はさがっていた方が身のためですよ?」

 「だったら、その部外者がいない時を狙えよな。お前ら何者だ? この男が目的なのか?」


 雄二も負けじと睨み返すと、朱飛は視線をふっと彼の後ろへずらした。

 そこには少し離れて様子を見る灯乃がいる。


 ――ゾクッ。


 眼が合うと、途端に何か得体の知れない冷たいものが灯乃の真ん中を突き抜けた。と、


 「きゃあっ!」

 「灯乃!?」


 僅かその一瞬で、朱飛が灯乃の背後に回り込み、拘束するように彼女の両腕を掴みあげた。


 「紅蓮の三日鷺、あなたは我々と共に来て頂きます」

 「灯乃!!」


 雄二が慌てて彼女のもとへ駆けつけようとするが、漆黒の男たちが合間に割り込み、雄二の行く手を阻む。

 そもそもなぜ灯乃が狙われるのか、彼には分からなかった。

 そんな雄二の側で仁内が呟く。


 「けっ、命令されなきゃただのガキかよ」


 あっさりと敵に捕まり、抵抗一つ出来ないでいる灯乃に、仁内は呆れを覚えても心配することは一切なかった。

 もとより助ける気も理由もない。

 そんなことより自分に刃を向けた朱飛たちを倒したくて、仁内は戦斧を構えた。


 「俺を殺ろうなんて、いい度胸じゃねぇか。ブッ潰してやる!」


 仁内は叫びながら突進していく。

 しかし、個々では力で押しているものの、数が多過ぎて朱飛まで辿り着けない。

 雄二もまた灯乃を助けに奮闘するが、思うように彼女へは届かなかった。

 そうしている間にも、朱飛が灯乃を連れてどんどん遠ざかる。


 「離して! 私に何の用があるっていうの!」


 灯乃はもがき抵抗しようとするが、朱飛は無言のままで、足を止めることもしない。

 自分の無力さに下唇を噛んで、灯乃は思った。


 ――命令さえしてくれれば、私だって……


 と、その時。


 ――パシッ!


 突然、灯乃の身体が動き出したかと思うと、朱飛の拘束を簡単に解き、距離を置いて飛び退いた。

 その動きに朱飛も灯乃自身でさえも驚き、眼を見開く。

 それは間違いなく三日鷺の動き。


 ――どうして? 命令なんてされてないのに……あ!


 そこまで考えて、灯乃はハッとした。

 見るとここは塀の屋根、この先は家から出てしまう。


 ――俺の許可なく、この家から一歩たりとも出るな


 灯乃は斗真からの命令を思い出し納得すると、これまでとは打って変わり強気な視線を朱飛に向けた。

 これなら何度捕まっても、連れ去られることはない。

 しかし一方で朱飛は理解できず、灯乃が何らかの方法で三日鷺となったのではと、急に緊張感を漂わせ、更にはクナイを取り出し戦闘態勢にまで入った。

 その様子に灯乃はギクリと身体を強張らせる。


 「えっあのっ、ちょっと!」


 と次の瞬間、朱飛は問答無用で駆け出し刃を灯乃の身体に突き立ててきた。

 灯乃は慌てて避けるが、その時。


 ――ズリッ。


 狭い足場に体勢を崩され、灯乃は塀から滑り落ちた。


 「きゃっ!」


 きつく眼を閉じながら、灯乃は思う。


 ――どのくらいの高さがあるのだろう? 結構高いような気がする。

 痛いだろうか? 骨折するだろうか? こんな時、救急車は呼んで貰えるのだろうか? 治療費は誰持ち?


 一瞬の短さの筈なのに、色んな考えが頭を過ぎって灯乃の表情を歪ませた。

 しかしいつまで経ってもやってこない痛みにようやく気付き、彼女は恐る恐る眼を開けた。すると。


 「斗真!?」


 開けたすぐその先に斗真の顔があり、灯乃は抱きとめられていることに気づいた。

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