第12話
「――ホントに大丈夫かな?」
結局灯乃は、大丈夫だと春明に押し切られて追い出された。
そんな彼を心配しながらも雄二たちのところへ戻ると、何となく雄二の鞄が眼に入る。
「そっか、大会近いんだっけ」
「あぁ、まあな。今年こそはぜってぇ優勝するぜ」
雄二はニッと笑みを見せると、グッと握りこぶしを作った。
彼は幼い頃からずっと空手を習っていて、今も空手部に所属している。
空手バカという訳ではないが、いつも生傷が絶えなくて、それを手当てするのが灯乃の役目にもなっていた。
今もいくつか痣を見つけて、灯乃が少し顔を曇らせていると、雄二は当たり前のように彼女の頭を軽く小突いた。
「またシケた面してっぞ? いい加減、慣れろよな」
「べっ別に、心配なんかしてないもん」
「お前、心配してたのか?」
「うっ……してない!」
灯乃が恥ずかしさを隠すように赤い頬を膨らませると、雄二は楽しそうに、嬉しそうにケラケラと笑った。
それは小さな頃から知ってる温かな笑顔だった。
変わらない安心感。雄二の存在は今の灯乃にはとても心地よいものだった。
――けれど。
「何、ガキの漫才やってんだか。アホくさくて欠伸が出るぜ」
「仁ちゃん?」
仁内が暇そうに寝転がって、横から口を挟んだ。
「ったく、お遊びで出来た痣の一つや二つでギャーギャーと、馬鹿じゃねぇの」
「……何がお遊びだって?」
仁内の一言で雄二の眉がぴくりと動き、場の空気が一気に淀み始めた。
その様子に灯乃が嫌な予感を感じて冷や汗をかくと、仁内は面白そうに鼻で笑い、雄二を挑発し出した。
「お遊びだろうが。大会だぁ? 優勝だぁ? そんなの実践を知らねぇ弱い奴が目立ちたいだけのもんだろうが」
「何だと!」
「仁ちゃん! 雄二も落ち着いて!」
雄二が怒りで立ち上がると、灯乃は慌てて彼の前に立ち、落ち着かせようとする。
そして余裕の顔を決め込む仁内に思い切り鬼の形相を見せつけた。
――何、怒らせようとしてんのよ! うるさくしてたら、斗真が来ちゃうでしょ!!
そのあまりに必死な眼に、仁内も流石に口を噤んだ。
一方で雄二も、灯乃に押さえ込まれて仕方なしに怒りを抑える。
灯乃はホッと息をつくと、仁内に説教するように話し始めた。
「仁ちゃん、言い過ぎ。それにウチの学校、運動部には力入れてるとこなんだから、強いの。中でも雄二は期待されてるんだからね、仁ちゃんだって敵わないかも」
「はあ!? 俺がこんな奴に負けるとでも思ってんのか!? ふざけんなよ! 俺と張り合えんのは斗真だけだ、こんな奴三秒で潰してやるよ!」
灯乃の言葉が火種になったのか、今度は仁内が声を荒げ、しまったと彼女はまたも苦い顔をする。
しかしその時、雄二がボソッと呟いた。
「斗真……? それって、緋鷺 斗真のことか?」
「え? 雄二、知ってるの?」
灯乃が半ば驚いた顔で見ると、雄二は思い出すような様子で口を開く。
「噂ぐらいはな。確か去年、どっかの学校で乱闘事件おこして退学になったって奴。そいつめちゃくちゃ強くて、乗り込んできた連中を一人でやっちまったって話だったなぁ」
――それが斗真。
灯乃は容易に想像できて、ふと仁内を見た。
恐らく昨晩と同じ事がその時起こったのだろう。三日鷺が狙われて、それを守る為に。
――でも……あれ? 何か腑に落ちないような……
「主将がさ、もしそいつがウチの学校に来てくれたら、絶対勧誘するのにって言ってたっけ」
「へぇ。でも空手部っていうよりは、斗真って剣道部だよね?」
「え?」
灯乃がさらっと思ったことをそのまま口にすると、その一言に雄二はキョトンとした顔で彼女を見た。
その様子に気づいて、灯乃があたふたと眼を泳がせ付け加える。
「って、仁ちゃん言ってたよね!」
「当ったり前だ! あいつの剣をやぶれるのは俺だけだ!」
「……ふーん」
仁内の闘志が灯乃の言葉とたまたま上手く合い、何とか雄二を誤魔化せたと灯乃はホッとした。
別に隠す必要はないのだが、知られると何かと面倒だ。
灯乃が密かにそう思っていると。
「では本当にできる腕なのか、試して差し上げましょう」
突然どこからか声が聞こえ、次の瞬間、三人のもとへいくつもの刃が飛び込んできた。
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