第11話


 「あっいたいた、灯乃!」


 灯乃が頭を悩ませていると、どこからか聞き慣れた声がふってきて、二人は振り返った。

 見るとそこには、空手鞄を持った制服姿の男。


 「雄二。そっか部活だったっけ、お疲れさま」

 「何がお疲れさまだ、勝手に場所変えやがって。すっげぇ疲れたし、腹減った」

 「ゴメンってば」


 少々ぐったりとしている雄二に、灯乃は苦笑しながらも手を合わせる。

 そんな一方で、春明は密かに物色する眼で彼を見ていた。


 ――彼が、雄二くん……ふふふっ、いいじゃない!

 ルックスは合格点だし、身体つきはナヨナヨしてそうでがっしりしてるわね、アレ。

 それに何はともあれ、あの疲れてぐったりしてる顔!いい!凄くカワイイわ!!


 ――絶対キープ。


 春明に火がつき、まだ話している灯乃を押しのけて春明は雄二の前に立った。そしてこれでもかと言わんばかりに笑みを振り撒く。


 「あたし灯乃ちゃんの友達で、春明っていうの。こんな所までわざわざゴメンね、雄二くん」

 「えっ、あぁいや……」


 そんな計画的実行犯だとも知らずに、突然現れた目の前の美女に雄二は少し顔を赤めて頭をかき、外方を向く。


 「あっあんたが灯乃の? べっ別に大したことじゃねぇよ、気にすんな」


 そんな初々しい幼なじみを見て、灯乃は固まった。


 ――何あれ、いつもの雄二じゃない。鼻の下伸びてるし。

 どうしよ、相手だよ?


 「それにしても迷わなかったのね?」

 「まぁな。目印が分かりやすかったし」

 「目印?」


 春明の問い掛けに、アレと指を差して答える雄二。

 見ると、今にも死にそうな様子でフラフラと走ってくる仁内の姿があった。


 「ぜぇはぁ、ぜぇはぁ……やっと、終わっ……た」

 「なっ!? あんたまだ走ってたの!?」


 春明がギョッとして驚く中、仁内は灯乃のいる門まで辿り着くと、すぐさま地面に崩れ落ちる。


 「お疲れ、仁ちゃん」

 「お疲れじゃねぇ! 三十周からまた更に増やしやがって!! 殺す気か!?」

 「だって目印にしたかったから」

 「あ゛あっ!?」

 「ちょっとこんなの目印にしないでよ!? ウチの周りでいつも変な奴が走ってるみたいじゃない!」

 「あ゛ぁあっ!!??」


 灯乃と春明の言葉に、仁内は怒りを露にするが、そんな思いとは裏腹に会話は彼を無視して進む。


 「もういいわ、とにかく中に入りましょ。雄二くんお腹空いてるんだし、あたしが何か作ってあげる♪」


 春明はそういうと、雄二の背を押してとっとと家の中へ入っていった。

 灯乃が仁内を尻目に一言ぼやく。


 「仁ちゃん中に入れるとうるさそうだし、もうちょっと走らせ……」

 「や゛めろ!」



 中に入ると、春明は台所に立ちエプロンをつけた。

 男二人を居間に残し、灯乃も様子を見にちょこんと顔を出す。


 「へぇ、春明さんも料理できたんだ」

 「作ったことないけどね」

 「え゛」

 「大丈夫よ。本見てやれば何とかなるって。あたし器用だし」


 なぜか自信満々と腕まくりをする春明だったが、冷蔵庫から野菜をとりだすと、包丁片手にザックザックと切り始めた。

 灯乃はそれを眺めながら、そっと尋ねる。


 「それ、洗った?」

 「……!」


 その瞬間、春明の動きがピタッと止まったことは言うまでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る