第10話
その頃。自室に戻った斗真は、中に入るなり襖を閉め、小さく息をついた。
――これでまた一人、巻き込んでしまった
「こんな筈じゃなかったのに」
沈黙が漂う部屋で、斗真はただ気が滅入る思いに立ち尽くす。
三日鷺を持ってるだけで、どんどん周りを巻き込んでいく。止まらない。
その上、灯乃にはあんな姿まで――
「何だったんだ、あれは」
斗真は昨夜の彼女を思い出し、静かに苦悩の瞼を閉じた。と、その時。
「――主」
彼の耳に誰かの声が聞こえ、携えていた三日鷺が急に紅く光り出した。
そしてユラユラと焔が現れ、それは鳥の形を作り出す。
「これは……!」
「あの姿は、我の意にあの娘の意が同調したことの証。あの娘はようやく現れた、我の望みを叶える者ぞ」
紅蓮の焔を纏った鳥が、斗真の声に応えるように言葉を返してきた。
それを聞いて、斗真は確信する――これが三日鷺。
「望み、だと? まさかそれを叶えれば、三日鷺となった者たちが解放されるのか?」
斗真はそう強く訊ねるが、それと同じくして紅蓮の三日鷺が徐々に形を失い、揺らぎ始める。
どうやらその姿は、長くはもたないようだ。
「解放だと? それは主が真に望めば、容易く叶うことぞ」
「なにっ?」
「主が真に望まぬ故、解放されぬ。理由があるのではないか? 力を欲する理由が」
「!?」
そう問いかけられ、真意をつかれたのか斗真は言葉を詰まらせる。
「だが気をつけよ。三日鷺は主の意と直結する。主が力の使い方を誤れば、三日鷺となった者はいずれ烏のように黒く変わり果て狂い出すだろう。だが白鷺のように白く輝けば……」
そう言いかけて、三日鷺は消えた。刀も光を失い、元の鞘に納まる。
「……白鷺のようになれば、お前の望みに近付くとでも言いたいのか?」
斗真は吐き捨てるように呟くと、グッと拳を握り緊めた。
――ならあの灯乃は何だ? 髪は焔のように紅いが、装束は黒だった。
「……力の使い方だと? くそっ……」
*
暫くして朝食と後片付けを済ませた灯乃は、携帯電話で雄二と連絡をとった。
内容は、“急用で友達の家にいるから、勉強会はこっちでしよう”という、何とも適当で簡単なもの。
予想通り、送った後すぐに文句が一つ二つ返ってきたが、よほど数学に悩まされているのか、雄二は少しの説得でしぶしぶと承諾しこちらへ来ることとなった。
そしてその約束の時間がついに訪れ――
「うぅ……ホントに良かったのかなぁ」
携帯電話で時間を確認しながらも、不安でフラフラと柱にへばり付く灯乃。
今になって後悔が襲ってきて、ガクッと肩を落とすが、理由の一つとして一番恐ろしく思うことが頭から離れないでいた。
それは、激怒するであろう斗真の反応。
「……どうしよ。胃が痛くなってきた」
あまりの心労に、灯乃は苦しそうにお腹をおさえる。
するとそこへ軽く着飾った春明が戻ってきた。
「どう? 灯乃ちゃん、この服……何遊んでんの?」
「遊んでません」
今の様子をどう見たら遊んでいるように見えるのか、灯乃は聞き返したくなるが、とりあえず置いといて春明を見る。
やはり準備というだけに、綺麗にオシャレをして華やかさに満ちている。
服装は春明の性格からして派手なものを選んでくるかと思ったが、わりと清楚な優しい色で、メイクもそれに合わせて薄いものだった。
だがそれが逆に彼の本気を見た気がして、灯乃はゾッとする。
「どう? 変かしら?」
「変じゃないから、逆に変」
灯乃がそう言うと軽くビンタが返ってきて、しかし春明はなぜか嬉しそうに「そんなに褒めないで♪」とまるで話がかみ合ってないセリフをはいた。
そんな上機嫌な春明を横目で見ながら、灯乃はヒリヒリと痛む頬を擦っていると、彼がそのまま玄関の方へ向かい出す。
「それじゃ、次はお出迎えよね」
「お出迎え?」
「もう来るんでしょ? 家が分からないと困るから、外で待っててあげないと」
「え゛」
そこまでするのか、と灯乃は思うが、どんどん先へ進んでいく春明を止めることもできず、ただ彼の後を追った。
玄関から明るい外へと出て行く春明に、灯乃も続いて外へ出る。
雄二には、前もって家の場所と目印になるものを伝えてあった。
こうわざわざ出向かなくても大丈夫だと思うし、それにもし春明が騒いで斗真に気づかれでもしたらと、それが怖い。
灯乃は当人の姿がないのを確認しながら素早く庭を抜け、まっすぐ門へ向かった。が、その時。
――びくっ。
「え」
門を出ようとした瞬間、灯乃の足が急に動かなくなった。
斗真によってかけられた命令のせいで身体に制止がかかったのだ。
何とか外へ出られないかと足掻いてみるが、やはり無理で、灯乃はぜぇぜぇと肩で息をする。
「もぉっ、ちょっと位いいじゃない」
「大変ねぇ、灯乃ちゃん」
「むぅ、他人事だと思って」
門の向こうで春明が辺りを見回しながらクスクス笑う。
雄二の姿はまだない――しかし。
「灯乃ちゃん、伏せて!」
「え?」
突然春明の叫び声がしたかと思えば次の瞬間、二人に無数の刃物が飛び込んできた。
灯乃は、門の柱のおかげで何とか防ぐことはできたが、春明の周りには遮るものがなく、刃が直進していく。
「春明さん!」
しかしそれは彼にとって想定内のことだったのか、春明は軽やかにそれを避わすと、飛び交う刃の一つを受け止め瞬時に投げ返した。
「ぐっ!」
うまく当たったのか、どこかで僅かに声がもれた。
そして逃げ去る気配。
「やっぱり一匹潜んでたわね」
「今のって、昨日の?」
「どうかしら。三日鷺を狙ってる連中なんて幾らでもいるし、どいつかなんて分からないわよ」
「えっそんなにいるの?」
春明の何気ない言葉に灯乃は驚く。
「そりゃそうでしょ。誰でも自在に操れんのよ? 知ってたら皆欲しがるわ」
「春明さんも?」
「そうねぇ。あたしだったら、イケメン斬りまくって甘い生活をエンジョイするわね、ふふふっ♪」
どんな想像をしたのか、春明はうっとりとしながら不気味に笑い、その様子に灯乃は冷めた眼を向けた。
「……春明さん、よだれ」
けれど、そんな灯乃もあの刀が手に入るなら欲しいとも思った。
まさか似たような欲があるのだろうか?
そう思った時、頭の中でなぜか斗真の顔が思い浮かんだ。
――なんで?
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