第9話
斗真の声音と鋭い双眸が妙にゾッと背筋を震わせ、“命令”という単語が重石のように三人の精神を圧し潰す。
まさに、鶴の一声。
「斗真、怖い」
「さっ流石、ご主人様ね」
「俺も一応、間接的な三日鷺か……」
三人が身体を小さく寄せ合ってヒソヒソと呟くと、斗真が更に続ける。
「灯乃。後片付けはお前がしろ」
「えっ」
「お前はまず体力をつけることだ。今後、戦う度に筋肉痛なんて、ふざけるにも程がある。とにかく動け」
「えっ!? ちょっちょっと待ってよ! 今後戦うって!? 私は家に帰れるんでしょ?」
灯乃は焦った声を出して訊ねると、斗真は怪訝な眼を向け、春明が困ったような顔をしながら呟いた。
「それはちょっと難しいんじゃないかしら」
「え?」
「だって、三日鷺になった人間が姿まで変えたなんて話、あたしは聞いたことないわ」
「え……それはどういう、意味?」
灯乃が困惑して助けを求めるように斗真を見ると、彼は当然というような表情で答えを返してきた。
「つまりお前は、異例ってことだ。あの姿を見て、奴らが見逃すとは到底思えない。それに……」
斗真は三日鷺を手に取り、鞘から刀を抜く。
すると昨晩とは違い、再び折れた状態の刃が姿を見せた。
「もしこの刃が、紅蓮の三日鷺となったあのお前にしか復元できないというのなら尚更だ。お前は真っ先に狙われる」
「え……」
「お前の為だ。周りを巻き込みたくないなら、ここに居ろ」
斗真はそう言うと刀を鞘に納め、スッと立ち上がり居間を出てゆく。
灯乃は慌てて彼を引き止めるように、口を開いた。
「でっでも、学校とかもあるし、お母さんだって何て言うか……」
「灯乃、俺は提案してる訳じゃない」
「え?」
斗真が振り返り、彼女を見た。
それは彼の心を映し出したかのような、凍てついた眼。
「これは命令だ。灯乃――俺の許可なく、この家から一歩たりとも出るな。いいな?」
斗真ははっきりとその命令を灯乃に告げた。
しっかり耳に届いたそれは、彼女を屈服させ、拒否することを許さない。
「……御意」
小さく滲み出たその返事が、果たして斗真にきちんと届いたか分からないが、彼はそんな灯乃から顔を背けると、踵を返してそのまま出ていった。
灯乃はグッと奥歯を噛み締め、拳を強く握る。
――家にはもう帰れない? 本当に? 私はこれからどうなるの?
途端にいろんな不安が灯乃の頭の中を流れ始めた。
が、そんな時でも仁内が近くで小さく笑い声をもらす。
「くくっ、筋肉痛って……とにかく動けって……くくっ……」
――ぶちっ。
その瞬間、今まで不安を感じていた灯乃のか弱き心がどこかへ遠退き、代わりに黒い何かが彼女の魂に降臨した。
若干眼が据わり、影が悪魔を象る。
「仁内に命令――この家の周りを三十周走ってこい」
「なにぃっ!? でも御意!!」
三日鷺として必ず従ってしまう以上、仁内は灯乃の命ずるまま返事を返すと、すぐさま飛び込むように外へ駆け出していった。
それを、呆れ果てた眼で春明が見る。
「バカって、何をするにも楽しそうでいいわよね」
自業自得の為、全く哀れむ気もなく朝食を進める春明。
と、灯乃が溜息をついたのを見て手を止めた。
「心配しなくても、斗真くんだって別に灯乃ちゃんを監禁しようとしてる訳じゃないんだし、そのうちどうにかしてくれるわよ」
「だといいんだけど」
「とりあえず今日と明日は学校休みでしょ? 気楽にしてれば?」
「うん……あ」
春明の言葉に頷こうとして、灯乃は思い出した。
そういえば約束があった――雄二との勉強会。
「……忘れてた。雄二、怒るだろうなぁ」
「雄二?」
思わず呟いた灯乃の一言に春明が反応して尋ねてきた。
何かを期待しているのか、急に眼がキラキラと輝き始め、何となく楽しそうだ。
「なになに、彼氏?」
「残念、ただの幼なじみ。数学苦手だから勉強会しようって。それだけ」
「ふーん」
「でも雄二、次の授業であたるし、断ると起こるんだろうなぁ」
「ふーん」
灯乃が困った口調で約束を断り難そうにしていると、春明が少し考えてニヤッと笑みを浮かべた。
「だったら、ここに呼んじゃえば?」
「え?」
「だって、灯乃ちゃんはここから出られないんだし、彼に来て貰うしかないでしょ?」
「けど、斗真が駄目って言うんじゃあ……」
「そんなの内緒に決まってるじゃない」
「えぇっ!?」
その更に無謀な発言に、灯乃は焦った声をあげるが、春明の調子付く話は止まらない。
「来ちゃえばこっちのもんよ。ふふっ。ねぇ、その子どんな子? カワイイ?」
「カワ……っ!? ただ春明さんが会いたいだけなんじゃないの、それ」
「当然でしょ。誰かさんの三日鷺やってると、出会いなんてないのよ?」
「でも、春明さんってオト……」
「何か言ったかしら?」
「いっいえ、何にも!」
「じゃ、そういうことだから。早速準備しよっと♪」
「えっ準備って!? はっ春明さん!?」
春明は勝手に話を決めると急に立ち上がり、軽い足取りで鼻歌を歌いながらその場を去って行った。
灯乃は暫く絶句しながらその様子を一人ポツンと眺めるが、途端にハッとする。
「……スキップしてた、あの足で」
いったい彼の怪我は重傷なのか、軽傷なのか。
どちらにせよ、とんでもないことになってしまったと顔を引き攣らせる灯乃の眼に、ふと朝食の食器たちが映った。
皆、何だかんだと言いながらしっかりと完食している。
残っているのは、まだほんの少ししか食べていない灯乃自身のものだけ。
「……いつ完食できる時間があったの?」
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