関係
第8話
長い夜が明けて次の朝。
「……こんなもんかな。どう? きつくない?」
灯乃は包帯を片手に、春明に問いかけた。
昨晩の戦闘で開いてしまった春明の傷の包帯を、灯乃が取り替えていたのだ。
「えぇ、大丈夫。ありがとう、灯乃ちゃん」
「そっか、よかった」
春明が笑みを見せると、灯乃は安堵して包帯を救急箱にしまい込んだ。
思っていた以上に彼の傷は深く、灯乃は昨夜それを見た時、顔が真っ青になるほど驚いた。
――こんな足で戦っていたなんて。
どうしてこんな傷を負ってしまっていたのかは知らないが、その痛々しい傷が灯乃の心をも痛める。
しかしそれも少しの間のこと、背後から無神経なほどに不満そうな声が二つ同時に聞こえた。
「薄い!」
「からい」
――ぴくり
灯乃が眉をつりあげて振り返ると、そこはどこの家庭でも見られる食卓風景。
卓袱台の上に並べられた和食の朝ごはんがホカホカと湯気を醸し出す中、その向こうで斗真と仁内がなぜか揃って味噌汁に手をつけ、文句を言った。斗真はからそうに白飯を多く食べ、仁内は味がないと醤油をかける。
「……同じお味噌汁なのに、なんで真逆の感想が返ってくるの?」
多少の怒りを堪えながらも灯乃は呟くと、春明がひょっこりと手を出してそれを飲んだ。
「ん、美味しい。あたしは丁度いいわよ?」
「ホント?」
「えぇ」
「はあ!? こんなん味ねぇだろうが!」
灯乃がホッとしていると、正面から仁内が意義ありと卓袱台を叩く。
しかしそれが自分を否定されたように聞こえて、春明もまた同じように卓袱台を叩いた。
「アンタの味覚が狂ってんでしょ! 今まで何食ってきたのよ!」
「ああ!? てめぇこそ離乳食食ってんじゃ……っ」
仁内が言いかけたその時、突然ヤカンが飛び、彼の顔面を直撃した。
仁内がフラフラと崩れていく中、春明が恐る恐るそちらを見ると、怒りで頭にツノを生やした灯乃が眼をギラッと光らせていた。
「なら食うな」
この朝食はすべて灯乃が作ったのだが、味が薄いどころか離乳食とまで言われては、流石の彼女も腹が立つ。
だいたい斗真にいたっては、寧ろ“からい”なのだ。これでは味が薄いのか濃いのか分からない。
灯乃がこっそりと斗真を窺い見ると、彼は静かに箸を進めながらも、やはりからいのか、白飯の減りが早く見られた。
「料理、ちょっとは自信があったのに」
灯乃が密かに涙を拭っていると、そんな彼女を余所に斗真が顔をあげ、仁内を見た。
「それにしても何故お前がここにいる? 用がないなら消えろ」
落ち着き払った様子で、斗真が転がっている仁内へ話しかけると、彼はゆっくりと身体を起こして不貞腐れた顔で言葉を返してきた。
「うっせぇな。俺だって出来りゃあそうしてんだよ」
そう言って、ふと灯乃を見る。
「こいつの命令のせいで、帰るに帰れねぇ。身体が動かねぇんだよ、仕様がねぇだろ」
そんな仁内の言葉を聞いて、灯乃はキョトンと顔を傾けながらもそういえばと思い出した。
――仁内。これより我が配下に下り、その身を我が主を護る盾とせよ
「あぁ、そんな命令もしたっけ」
「忘れてたのかよ! だったら解除しろよ!」
「え~」
灯乃はわざとらしく不満そうな声を出すと、いいことを思いついたのか途端に口元を緩ませた。
その表情に仁内は嫌な予感を感じて、顔を引きつらせる。
「なっ何だよ?」
「それってつまり私の三日鷺になったってことよね、仁ちゃん?」
「仁ちゃ……っ!?」
「じゃあ他にももっと命令できるわけだぁ。んじゃ、この後のご飯の片付け、頼んじゃおっかな?」
「はあ!!??」
仁内は憤怒して、卓袱台をひっくり返しそうな勢いで立ち上がった。
そして灯乃を思い切り睨み付けるが、彼女は全く動じず、それどころか面白そうにニコニコと笑顔を振りまく。
春明もそれに便乗して笑った。
「あら、いいじゃない。三日鷺の初仕事が朝食の後片付けなんて」
「よくねぇよ!」
そんなやり取りが盛大に繰り広げられ、しばらく食卓が激しく揺れた。
斗真も初めのうちは黙っていたが、徐々に我慢できなくなってきたのか溜息をつき、ついにはパチンと大きな音を出して箸を置いた。
その響く音に三人の会話がはたりと止まり、視線が彼に集中する。
「お前たち――どんな命令がお望みだ?」
その瞬間、三人の動作が完全に停止した。
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