第7話
「御意」
発せられた言葉を受け、灯乃は駆け出す。
それを待ち構えていた仁内が嬉しそうに大きく開眼し、全力で戦斧を叩き落としてきた。
その威力は凄まじく、地面に大きく亀裂を走らせるが、灯乃は難なくそれを避わすと、顔色ひとつ変えることなくガラ空きの背を狙って刀を振るった。
しかし仁内もそれを見越していたのか、すぐさま気配を察知して己の武器を引き戻す。
互いの力量は互角。……そう思っていたが。
「なにっ!?」
仁内の視界から灯乃の身体がスッと消え、かと思えば真逆の方向から彼女の刃が振り落とされた。
仁内は驚愕すると共に必死でそれを受け止めるが、受け止めた刃は重く、更にそれから焔が膨れ上がり、仁内は持てる力を総動員して慌ててそれを振り払った。
彼は予想外のことに呼吸を乱し、ぜぇぜぇと息と吐く。
だが灯乃は軽やかに着地すると、冷静で涼しげな表情のまま再び仁内へと走った。
その姿は、まるで風を操るように。
その姿は、まるで焔を纏うように。
――これが紅蓮の三日鷺
「何なんだ、てめぇは……っ!」
まっすぐ突き進んでくる焔の鷺に、途端に気持ちが不安定になって仁内は臆する。
不思議な程に魅入る紅の美しさと、それにそぐわない恐怖にも似た威圧感。
「こっこのヤロぉっ!!」
仁内はがむしゃらに戦斧を振り回すが、灯乃にあたるどころか掠ることもなく、ついに彼の中心を燃え滾る刃が斬り抜けた。
仁内は力を奪われたように、ガタンと半月斧を落とす。
「なっ……あ……」
「貴様の真名、確かに」
灯乃が小さく言葉を吐くと、三日鷺の焔の中から仁内の名前が浮かび上がった。
それは三日鷺によって彼が斬られた証、彼が三日鷺に縛られることの証。
「紅蓮の三日鷺の名において命ずる。仁内――これより我が配下に下り、その身を我が主を護る盾とせよ」
その瞬間、言霊が彼を制圧するように全てに響き渡った。
まるで足かせを嵌められたような重い拘束。
「くっ……御、意」
強制的に出た返事が、仁内を屈辱に歪め、膝をつかせた。
それを見た黒ずくめの男達は、すぐに見切りをつけ三日鷺を諦めると、彼を置いて次から次へと闇の向こうに消え去っていった。
それは迅速かつ、あっという間の出来事。
ようやく焔の勢いがおさまり、本来の夜の静寂が訪れた時だった。
「灯乃」
そんな時、ふと斗真が声をかけ、灯乃は振り返る。
現れた彼女の表情は、終わったという安心感と役に立てたという喜びを満たした笑み。
「なんて顔してるんだ、お前は」
――もう帰れないかもしれないんだぞ?
斗真はその言葉を飲み込んで、ただ苦笑する事しかできなかった。
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