第6話
「あつっ……!」
灯乃は熱さと痛さで、反射的に手を離す。
ほんの一瞬しか握っていなかったにも関わらず、掌を見れば火傷で赤く腫れている。
そういえば斗真が言っていた――三日鷺に斬られた者は、三日鷺に触れられない、と。
今になって思い出し、灯乃は痛みをかみ締めた。
するとその間にも、斗真の手から離れた三日鷺を狙って、彼女の周りを男達がぞろぞろと集まり出す。
「灯乃!」
「おっと斗真、俺に背ぇ向けていいのか?」
斗真が灯乃の方に意識を向けていると、その隙を見て仁内が半月斧を振り落としてきた。
間一髪で斗真はそれをかわすが、刀を失い、丸腰になった身では防御することしかできない。
「ちっ」
春明が囲まれている灯乃のもとへ走り、何とか彼女を背に庇いながら黒ずくめの男達を弾き飛ばしていくが、足が思うように動かなくなってきているのか、なかなか数が減らない。
そればかりか体力も落ちてきて、薙刀で攻撃を受け止めることも多くなってきていた。
――いったいどうすれば……
戦う二人を見て、灯乃は何度も何度もその言葉を頭の中で繰り返す。
――いっそのこと、奴らの狙いである三日鷺を渡してしまおうか。そうすれば奴らも見逃してくれるかもしれないし
そんな考えが彼女に汗を滲ませる。
けれど、その考えは決して口には出てこなかった。
灯乃の中で、別に支配する言葉がある。
――助けなきゃいけないんだ俺は、この刀で
それは、強い覚悟と決心をこめた斗真の言葉。
彼が主となったからか、はたまた別の理由なのか、その意思に背く事が灯乃にはどうしてもできなかった。
――三日鷺を奴らに渡しちゃいけない。これは斗真が持たなければ!
いつの間にか、その意思だけが灯乃の心に残っていた。
ドクドクと鼓動が高鳴る。まるで何かが彼女に求めているようだった。動け、と。
――私は弱い。けれど二人が戦っている以上、今動けるのは私しかいない。私が何とかしなくちゃ!
灯乃は何かに揺り動かされるまま火傷した手を強く握り締め、痛みで泣いてしまいそうになりながらも、ギッと傍に転がる三日鷺を睨んだ。
そして次の瞬間、思い切ってそれを掴む。
「ひゃあああっ!!!」
急激な熱が灯乃の手を焼き、その激痛に灯乃は大きな悲鳴をあげた。
皆の視線が彼女に集中し、けれど灯乃はしっかりと意識を保ちながら、絶対に離すまいと更に力をこめる。
――何とかしてこれを斗真に届ける! それが出来なければ、せめて誰かを斬って三日鷺に……!
無謀すぎる考えだが、それしか灯乃には術が見つからなかった。
彼女は焼ける痛みに耐えながらも、その刀を振りあげようとする。
だが。
「うっ動かない……っ!?」
まるで岩のように重くビクともしない。
これも自分で自分が斬れない理由の一つなのか、灯乃の力では誰かを斬るどころか、三日鷺を持ち上げることすら出来なかった。
――どうして……!?
灯乃は必死で持てる力すべてをこめるがかなわず、それどころか刀の熱がどんどん彼女の身体を焼いていく。
――熱い……痛い……苦しい……
すぐに離さなければ、全身を焼き尽くされてしまいそうだった。
腕から先は発赤し、汗が大量に出る。けれど彼女は、絶対に離そうとはしなかった。
――悔しい……こんな事にもたついてる場合じゃないのに
春明が男達をおさえてくれている間に、なんとか三日鷺を持ち上げなくてはいけないのに、それが灯乃には出来ない。
あまりの不甲斐なさに、涙まで出そうになる。
「灯乃! 手を離せ!!」
仁内の攻撃を避けながらなのか、斗真の叫ぶ声がする。
――斗真……でも、私は……
まるで手が焼け消えているのではないかと思うくらい、いつしか握っているという感覚が彼女にはなくなっているように思えた。
頭も熱さでやられたのかクラクラとし、意識まで朦朧とし始めている。
それでも灯乃は、奪われまいと最後の力を振り絞って、三日鷺を覆うように強く抱きしめた。
――斗真、私だって力になりたいよ。だからお願い、私にも護らせて。斗真の大事なものを
熱が一気に彼女の全身を伝って広がる。
すると次の瞬間、本当に身体を焼こうとするかのように、大きな炎が灯乃から燃え上がった。
「なにっ!?」
「灯乃っ!!」
そのあまりにも突然の衝撃に、周りの者は皆、大きく目を見開く。
それほどまでに巨大で眩しい炎――あれでは灯乃は……
「な……んで……」
斗真は呆然と硬直した。
しかし一方で灯乃は、その炎の中で一つの声を聞いた。
透き通るような、けれどしっかりとした強い声。
“見つけた……我と意を同じくする者”
灯乃のおぼろげな意識の中で、一羽の鳥が舞い降りた。
紅の焔をその身に宿し、鋭く光る翡翠の双眸が彼女をじっと見つめる。
“そなた、力が欲しいか? 力を手にし、主を護りたいか?”
――主? 斗真のこと……?
“主は我を制し、我の力を抑え、我を安寧に導く者。我は我であり続けるが故に、主を必要とし護る。そなたは主を護りたいか? それ故、我が剣を護ったか?”
美しい紅の鳥が、灯乃に問いかけた。
三日鷺は斗真が必要としてるもの、だから護った。
灯乃はその迷いのない意志を伝えるように、紅鳥に強い眼差しを向ける。
すると紅鳥は赤い火花を散らし、羽ばたいた。
“そなたの意、確かに。我はそなたを刃とし、そなたに我が焔を――”
灯乃の身体を燃やしていた炎が一瞬にして消え、皆の目に彼女の姿が戻った。
しかし、それは彼女であって彼女ではない姿。
髪は先程の炎のように紅く伸び、服は黒紅の忍装束のような着物を纏っている。火傷は一つもない。
そして何より、三日鷺の熱が解き放たれたのか、熱さを全く感じていないようで刀を平然と彼女は握っていた。
「灯、乃……?」
その姿に斗真をはじめ、仁内もその他の男達も驚きを隠せず見入る。
するとそんな灯乃から斗真のもとへ紅い光が一筋流れ、途端に彼の前で何か細長い物が輝き現れた。
「これは……!」
真紅の鞘――恐らく、今までなかった三日鷺の鞘。
「なぜ……俺のもとに……?」
「主」
突如現れた鞘に斗真が戸惑っていると、そこへ同じ色の髪をした灯乃が舞い降りるように現れた。
――まるで紅い鳥のように
「灯乃、お前は……」
斗真が彼女へ言葉を紡ごうとすると、その時、
「てめぇ! 何者だっ!!」
仁内が灯乃を狙って、思い切り戦斧を振り落としてきた。
しかしそれに素早く気づいた灯乃は、斗真を護るように前へ立つと、三日鷺を構え、落ちてくるその半月の刃を受け止める。
するとどういう訳か、三日鷺が火を噴き、折れていた刃が焔の刃へと変わり、簡単に重い仁内の戦斧を振り払った。
「な、に……!?」
仁内が驚くまま、払われた反動で後ろへ退く。
灯乃は斗真を背にしたまま姿勢を低くすると、仁内に再び刀を構え斗真に口を開いた。
「主、我に命令を」
「お前はいったい……」
斗真は状況が飲み込めず、ただ立ち尽くして彼女を見る。
するとそんな彼へ、一つの顔が向けられた。
優しく笑う、灯乃の顔。
「斗真、私は大丈夫。だから、お願い」
「灯乃……?」
「お願い」
斗真はその笑顔の奥に秘められた意志を感じ取ってか、紅の鞘を強く握り緊める。
――その姿ではもう無関係とは言えない、引き返せない。ならば……
「お前の名は?」
「紅蓮の三日鷺――灯乃」
彼女は仁内へと視線を向け直し、その焔の刃を紅く燃え立たせた。
その輝きに、仁内は面白いとばかりにニヤリと笑って半月斧を構える。
「いいぜ。来いよ、紅蓮の三日鷺!」
「灯乃、命令だ」
斗真が彼女の真名を以て、命令の言霊を告げた。
「――仁内を斬れ」
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