第5話

 それは春明が三日鷺に変わった瞬間。

 その姿は速く、力強く。

 斗真の言葉通り、次々と男達をなぎ払っていく。


 「すごい……」


 灯乃は思わず呟いた。

 春明の力は圧倒的で、敵に攻撃させる間すら与えていない。

 扱うエモノが薙刀であるなら尚更のこと、彼の間合いは広く、近付くだけで即座にその刃の餌食となっていた。

 だが、しかし。


 「まずい」

 「え?」


 戦う様子を見ながら、斗真がなぜか苦い表情を浮かべた。

 一体どういう事なのかと、灯乃も彼の目が向いている方へ向くと。


 「春明さん……!」


 戦い続ける春明の左足から赤く滲み出てくるものが見えた。


 ――もしかして、怪我してる……!?


 彼の動きが徐々にその足を庇うように鈍くなっていく。

 そういえば斗真と出会った時、春明はいなかった。

 そんな事を灯乃は考えていると、戦いの中からゆっくりと仁内がこちらへ動き出すのが見えた。


 「高みの見物か? 来いよ斗真、俺と殺ろうぜ」


 殺気を孕ませ、仁内は嫌な笑みを浮かべる。

 僅かに差し込んだ月明かりが、不気味に彼のつり上がる目を光らせた。


 「灯乃、お前は中に隠れてろ。出てくるなよ」

 「えっ?」


 すると斗真はそんな彼を睨み返しながら、後ろに隠した灯乃に呟く。


 「お前には命令しない。あいつに目をつけられたら、帰してやれなくなるからな」


 斗真はそう言うと、仁内へと一歩踏み出した。

 三日鷺の柄を握り締める手に力がこもる。

 けれどそんな彼のシャツを掴み、灯乃は引き止める。


 「待って、危ないよ。私だって協力したい、ただ隠れてるなんて出来ないよ」

 「灯乃……」


 必死に何かを繋ぎとめようとする灯乃に、当惑する斗真。

 すると、そんなまごつく二人を見て、仁内の眉間にシワが寄った。


 「何だ、その女は」


 仁内の目が灯乃を疎ましく見ると、それに気づいた斗真が彼に向き直る。

 とその瞬間、仁内の背後から春明が攻撃を仕掛けるのが見えた。

 一瞬の殺気で仁内が振り返る。


 「やめろ、春明! 逃げろっ!」


 斗真が咄嗟に声を張り上げるが、ではないからか、春明は構うことなく仁内に薙刀を振りかざす。

 だがその刃は、いとも簡単に戦斧でとめられ、弾き返された。


 「おいおい、これが三日鷺の力なのかぁ? たいした事ねぇじゃねぇか」


 仁内が呆れるように言うと、嘲笑うかのように半月斧を春明へ振り下ろす。

 春明もそれを避わすが、足の傷が痛むのか、それからの攻撃に対して防戦一方になっていた。

 戦いを知らない者の目からでもよく分かる。

 春明が完全に、仁内に押されている。

 それを表すように、滲む赤が更に広がっていく。


 ――このままじゃ彼は……


 灯乃がそう思ったその時、傍の気配が突然消えた。

 斗真が仁内に向かって走っていく。


 「斗真っ!」

 「春明。命令だ――仁内には手を出すな!」


 彼はそう叫ぶと同時に、三日鷺で仁内の攻撃を押さえる。

 すると春明が小さく“御意”と告げて他の男達を相手に駆け、仁内は嬉しそうにニタついた。


 「やっと来たか、斗真。歯ごたえのある奴は、せいぜいてめぇくらいだ」


 仁内はそう言うと跳び退き、斗真から間合いをとって半月斧を構える。

 斗真もそんな彼に三日鷺を構えるが、その様子を見た瞬間、仁内は不満げな顔を浮かべた。


 「おい、まさかそのまがい物で殺り合う気か?」


 その言葉を聞いて、灯乃はハッとした。

 いくら三日鷺といえど、所詮は折れた刀。

 そんなものであの戦斧を振り回す仁内に勝てるのだろうか?


 「斗真……」


 灯乃の胸に不安がよぎった。

 そしてそれは的中するように、仁内はどんどん斗真を追い詰めていく。


 「おらっどうした? てめぇの力は、こんなもんじゃねぇだろうがっ! だいたいてめぇのはどうした!」


 有利な戦いをしているというのに、仁内は機嫌が悪そうに言葉をはく。

 まるで期待外れと言わんばかりに、ただ怒りを斗真にぶちまけているようだった。

 そして斗真は、それを受け止めるので精一杯。


 「やっぱり、あんな刀じゃ無理だよ斗真……」


 彼がどれ程の強さを持っているか分からないが、武器に差がありすぎる。

 灯乃はグッと拳を握り、二人の戦いを睨んだ。


 ――命令さえ……斗真が命令さえしてくれたら、私だって……


 そうは思うが、すぐに彼の先程の言葉が脳裏を掠める。


 ――お前には命令しない


 斗真の優しさが、今は苛立って仕様がなかった。


 「斗真の馬鹿。こんな時だけ私に気を遣うなんて……っ」


 何も出来ず悔しく思うが、その呟きも独り言にしかならず、灯乃は虚しさを覚えた。

 と、その時。


 ――カキンッ!


 金属音がして、その光景を見た灯乃は目を見開いた。

 斗真が握っていた三日鷺が、ついに仁内の半月斧によって弾かれ、宙を舞ったのだ。


 「斗真!」

 「くっ……」


 右手を庇い斗真が見上げる先に、半月の刃が光った。

 三日鷺はくるくると弧を描き、やがて地面に突き刺さる。


 「つまらん。もう終わりか」

 「三日鷺が……っ!」


 斗真の焦った声で、灯乃は彼から三日鷺に目を向けた。

 幸いにも刀は灯乃の近くに落ち、彼女は慌てて取りに行く。だが、


 「灯乃!? 待て、お前には……!」


 斗真が叫ぶと同時に灯乃が刀を掴んだ瞬間、触れた手に急激な熱が宿った。

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