第4話

 時刻は午後10時を過ぎ、灯乃はあちこち軋む身体を引きずりながら遅い夕食と風呂を貰った。

 色々と動き回って分かった事だが、この家はやたらと広い。

 たくさんの畳の部屋に長い廊下、走り回れる程の大きな庭。

 別宅と言っていたが、まるで旧家の由緒ある人達が住みそうな、そんな品を感じる大きな家だった。

 けれども使用人の姿はなく、どうやら斗真と春明の二人で住んでいるようだった。

 こんな大層な家に二人だけなんてちょっと寂しいなぁなどと、灯乃が風呂上りに春明から借りたピンクのパジャマを着て、廊下を歩いていると。


 「あ」


 その先で斗真の姿を見つけた。

 彼は柱に寄り掛かるようにして縁側に座り、夜空を見上げている。

 ひっそりと流れ込む夜風で彼の髪が揺れ、横顔が月に照らし出されて灯乃の目に映った。

 整った顔立ちに長い睫毛。さらさらの髪に、共に揺れるシャツの襟から見え隠れするスッとした首筋。

 こうしてじっくり見ると、斗真も美形の部類に入ると灯乃は思った。

 そして月光が更に色っぽく見せるのか、灯乃がボーっと見入ってしまっていると、そんな彼の視線がこちらを向き、ドキッとした。


 「なんだ?」

 「えっ、べっ別に……」


 まさか見とれていたとは言えず、灯乃は恥ずかしさで紅潮した顔を背ける。

 だが斗真は特に気にする様子もなく、再び視線を夜空に返した。

 何をする訳でもなく、ただぼんやりと見上げられた瞳。


 「眠れないの?」


 何となくこのまま素通りする気になれなくて、灯乃は斗真に近寄った。

 傍には三日鷺が置かれている。


 「よっぽど大事なのね、その刀。ずっと持ってるの?」

 「お前には関係ない」


 ――む


 即答で返ってきた言葉。

 面倒臭そうに吐かれ、目も向けない。


 ――確かに関係ないけど、ホント可愛くない


 「言いたくなくても、ちょっとは言葉選びなさいよ。せっかく訳ありなら協力してあげてもいいかなって思ったのに」

 「必要ない。体力ゼロのお前なんて戦力外だ」


 次々と突き刺さる言葉のトゲに、灯乃はカチンときて拳を震わす。

 だったら一発殴って、体力があることを証明してやろうか。

 とも思ったが。


 「余計な事に首をつっこむな、自滅するだけだぞ」

 「え?」


 まるで独り言のように、また自分にも言い聞かせるように呟く斗真に、灯乃は少し驚いて顔を向けた。


 「そうなった人がいるの?」

 「……」

 「いるんだ。言ってすっきりしちゃえば? どうせ今の私はあなたの言いなりなんだし、明日には全部忘れるんだから」


 灯乃はそう言って返事を促すが、斗真は答えない。

 よほど意味深なのか信用がないのか、灯乃は少し待つもハァと嘆息して諦めようとすると。


 「……双子の姉だ」


 ようやく小さな声がぽつりと返ってきた。

 斗真が口を開く。


 「俺のせいで、この刀で斬られた。助けなきゃいけないんだ俺は、この刀で」

 「三日鷺で?」

 「これの力を解く術なんて知らない。だから俺はこれであいつを斬って、俺の三日鷺に変える。それしか……」

 「待って」


 灯乃が斗真の話を遮って訊ねる。


 「だったら、お姉さんが自分で斬ったらいいんじゃないの?」

 「斬られた者にこれは触れない」

 「え?」

 「触れた瞬間、燃えるように熱くなる。春明もそうだった」

 「春明さんが?」

 「今は俺の三日鷺だ。あいつも俺が巻き込んでしまった」


 斗真はそう言うと、悲しそうに悔しそうに俯いた。

 まさか春明も斬られていたとは知らなかったが、それよりも。

 彼の姿を見て灯乃は思った。


 ――斗真は、優しいと


 本当は誰も巻き込みたくないのに、状況が彼を追い込んでそうさせる。

 だから護る以外に命令はしないし、必要以上に関わらせないよう遠ざける言葉をはく。

 斗真のことが少し分かった気がして、灯乃は嬉しそうに彼の頭をなでた。


 「……何の真似だ?」

 「よしよし」

 「おい」

 「それと、ありがとう」

 「え?」


 突然礼を言われて、斗真は目を丸めた。


 「まだ言ってなかったでしょ? 今日のお礼」


 あの時の斗真は、自身を護らせる為じゃなくて、灯乃を助ける為に三日鷺を使った。

 今ならそう断言できると灯乃は思った。


 「だからありがとう。えっと、斗真くん」

 「……斗真でいい、灯乃」


 斗真はそっと囁くと、先程とは変わって少し戸惑うような、けれども優しい笑みを灯乃に浮かべた。


 「まさか三日鷺にした奴から礼を言われるとは思わなかった」

 「斗真……」


 どこか嬉しそうな、安堵したような笑み。

 穏やかな空気が二人の間に流れ、わだかまりが少し溶けたように思えた。

 が、それも今夜までのことで、明日になれば全て忘れる。

 その事を灯乃は心の片隅でどこか寂しく思っていた。

 とその時。


 「斗真くん!灯乃ちゃん!」


 春明の叫ぶ声が慌しく走ってくる音と共に聞こえた。

 そして次の瞬間、庭一帯に黒い影が多く現れ、中から一人の若い男が斗真に向けて言葉を放った。


 「よう、斗真。遊びに来てやったぜ」

 「仁内じんない……!?」


 どうやら顔見知りなのか、斗真は彼を見て舌打ちをする。

 仁内と呼ばれた彼は半月斧バルディッシュを肩に担ぎ上げ、背後に黒ずくめの集団を従え、斗真にニタリと不快な笑みを見せた。

 恐らく帰りと襲った連中の仲間なのだろう。

 だとすれば、狙いは斗真が持つ三日鷺。

 灯乃は緊張で身体を強張らせると、ギュッとパジャマの裾を握り緊めた。

 そんな彼女の前に、斗真と春明は立つ。


 「仁内、三日鷺は渡さないと言った筈だが?」

 「てめぇの了解なんかいらねぇよ。欲しいもんは奪い取る、当然だろ?」


 仁内は、今更と言わんばかりに戦斧を振りかざし、斗真に向ける。

 すると黒ずくめの男達は周りに散らばって、3人を囲むようにしながらジリジリと近寄ってきた。


 「春明」


 斗真が春明に目配せすると、言葉を放つ。


 「命令だ――奴らをなぎ払え」

 「御意」


 その言葉に春明は敵を睨み上げると、すぐさま構えた薙刀を振るい上げた。

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