第3話
「ん……」
目が覚めると、灯乃は見知らぬ暗い部屋にいた。
そこは座敷で、襖の向こうから僅かに月の光がもれている。もう夜だった。
彼女は床の間の中心に敷かれた布団の中で眠らされていて、ぼんやりと寝起きの瞼を瞬きさせる。
「どこだろ、ここ……あっ!!」
灯乃は徐々に先程までの事を思い出し、慌てて飛び起きた。
がその瞬間、身体中に痛みが走る。
どうやら筋肉痛になっていた様で、灯乃は仕方なくゆっくりと布団に転がった。
いきなり動かしたせいで、特に腰が痛い。
まるでぎっくり腰にでもなったみたいに、灯乃はピクピクしながら声も出せず涙目になっていると、そんな時に側の襖がそっと開かれた。
静かでありながら躊躇なく開かれたそれは、灯乃に直接月の光を与える。
「目が覚めたか」
斗真だった。
月を背にしているせいで表情はよく分からないが、彼は開けた襖に手をかけたまま、灯乃を見下ろしている。
「あ……あなたはさっきの……」
「……なんて格好をしてるんだ、お前」
「え?」
先程より若干低くなった彼の声音を聞いて、ピシャリと灯乃の動きが止まった。
「えぇっと…これは…」
腰を突き出している体勢に気付いて、灯乃は何とか座る体勢まで戻そうと慌てるが、筋肉痛のせいでなかなか動けない。
そんなたった一つの動作にかなりの時間を要する灯乃を見て、斗真は情けないと溜息をついた。
「あれ位の動きでこうなるとは……運動不足だな、そのうち太るぞ」
「え゛」
まさか今日初めて会った男にそんな事を言われるなんて思いもよらず、灯乃はまるで石化するように身体を硬直させた。
「あの……それでここはどこなの? あなたは?」
暫くしてようやくちゃんと座り直せた灯乃は、気を取り直して斗真に訊ねる。
見上げてくる彼女に斗真は口を開こうとするが、そんな時、彼が答えるより先に別の声が返ってきた。
「名前は
見ると、一人の女の子が襖からひょいっと顔を出して、斗真の隣で明るい笑みを浮かべている。
「ちなみにあたしは
春明は少し大人びた容姿で、けれど屈託のない表情をこちらに向けて愛想よくする。
そんな彼女を見て、灯乃はポカンと目を丸くした。
「きれい……」
率直に美人だと思って、挨拶より本音がつい灯乃の口から出る。
けれどそれを聞いた斗真はなぜか眉を歪め、春明は嬉しそうにクスッと笑った。
「春明、状況は?」
「今は心配ないわ。追手もないみたいだし」
「そうか」
「追手って、さっきの?」
灯乃は思い出して訊ねると、春明が苦笑しながら頷く。
「灯乃ちゃんも大変だったわね。斗真くんにアレで刺されたんだって?」
「アレ?」
「三日鷺のことだ」
斗真はそう言うと、そっとあの折れた刀をとり出す。
――そういえば、あれに刺されたんだっけ
けれど、怪我もなければ痛みさえなかった。
何だか嘘だったように感じて、灯乃にはあまり実感がわかない。
「私、本当に刺されたの?」
「これには、殺傷力はないからな」
灯乃の困惑する表情から考えを察して、斗真は更に話を続けた。
「この三日鷺の能力は、斬った者の言動を支配することだ。簡単にいえば、これで斬ればその人間を思い通りに出来る」
「え!?」
「言い方は悪いが、そういう事だ」
その話を聞いた途端、灯乃の身体からサーッと血の気がひいた。
「まっまさかそんな事……」
「あら、信じない? それじゃあ斗真くんに命令された時、何ともなかったのかしら?」
――命令された時……
春明の質問に、灯乃はグッと言葉を詰まらせた。
何ともなかった事はない。
身体が勝手に動いて、自分では出来ない立ち回りを当たり前のようにしてみせた。
思い当たる事があり過ぎて、灯乃は認めざるを得ない。
あれが三日鷺の力というなら――
「じゃあ私は本当に…」
「そ。刺されて、斗真くんの思いのま・ま♪」
楽しそうに弾ませる春明の一言にトドメをさされ、灯乃はフラッと額に手をあて絶句した。
――高校生にして、早くも人生の終わりを見た気がする
心の中でそう嘆いていると、斗真が反論するように口を挟む。
「安心しろ。あの時はやむを得ず刺したが、だからといってお前をどうこうするつもりはない」
「え?」
「命令さえしなければ、お前は今までと変わらない。“俺達に関する全てを忘れろ”という命令だけかけ終えれば、後は好きにしていい」
意外にもあっさりとした斗真の回答に、灯乃は軽く拍子抜けしてポカンと彼を見上げた。
確かに命令されていない今に変わりはないが、命令されればそれは一変する。
思い通りに動かせるのなら、すぐには手放さず、色々と利用しそうなものだが。
春明もそう思ったのか、僅かに目を見開く。
「あら、帰しちゃうの? せっかくカワイイ子GETできたのに、もったいないわね」
「あれ位で動けなくなる奴に興味はない」
「な゛!?」
半ばグサッとくる台詞をさらりと吐く斗真に、灯乃は頬を膨らませてムッとした。
――そりゃあ身体鍛えてないし、春明さんみたいに美人じゃないけどっ! 言い方ってもんがあるでしょ!!
灯乃はそんな感情をむき出しにして斗真を睨み付けるが、彼は悪びれた様子もなく、涼しげな顔を決め込む。
その態度に、更に灯乃は憤慨するが、その間に春明が割って入り、口を開いた。
「とりあえず今日はもう遅いから、続きは明日にしましょ。灯乃ちゃんも今夜は泊まってって。ご家族にはちゃんと連絡しといてあげたから♪」
「え?」
春明がニコッとしてそう言うと、灯乃には見覚えのある携帯電話と見覚えのある鞄がサッと彼女の手元に現れた。灯乃がギョッと驚く。
「それ、私のっ!?」
「明日が土曜で良かったわね。お泊りOKだって」
「はっ春明さんっ!」
返せとばかりに灯乃は慌てて右手を突き出すが、その瞬間身体がグキッと軋み、ゆっくりと伸ばした手が降下していく。
そんな様子に春明はクスクス笑いながらも、荷物を彼女に返してやる。
「そんなに焦らなくても、他には何もしてないわよ?」
「されてたら困るんだけど」
そう言って携帯を握り、鞄を抱き締める灯乃。
春明は苦笑しながらも両手を合わせた。
「ごめんごめん。女の子同士なんだから、許してよ。ね?」
素直に謝ってくる彼女に、灯乃がもう、と口を尖らせて呟いていると、そんな時側から聞き捨てならない一言がはっきりと聞こえた。
「お前――男だろ」
「……え?」
一瞬、聞き間違えかと思う単語を斗真の口から聞いて、灯乃の思考は止まった。
だが次の瞬間、春明の悲鳴にも似た雄叫びが、彼女の思考をハッと呼び覚まし、更に心に深く亀裂を走らせる事になる。
「心は女よぉぉっ!」
この怒りがまじる低い声のせいで、灯乃の中の何かがポキンと折れた。
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