第2話

 ――刺された!?


 その衝撃的な出来事に、灯乃はおろか、周りの男達も動きをとめた。

 斗真の手が腕から離れ、灯乃は解放された身体をストンと地に座らせながら、放心状態で刺された胸に手をあてる。


 ――刺された。けれど……痛く、ない……?


 あれ……?と、灯乃は次第に戻ってくる意識を困惑させながら、ペタペタと身体を触って確認する。

 痛みどことか、血も出ていないし傷すらなかった。

 制服にも破れた所はなく、本当に刺されたのかと疑ってしまうくらいに無傷だった。

 そんなおかしな状況に灯乃が慌てていると、辺りから呟きが聞こえる。


 「刺した、あの三日鷺で……!」


 男達の様子が変わった。

 強気な姿勢と打って変わり、灯乃を警戒する慎重な姿勢。

 するとその時、斗真が彼女へ言葉をつげた。


 「灯乃、命令だ――俺を護れ」


 その言葉に灯乃は、急に何かに目覚めたように大きくハッとした。


 ――鼓動が高鳴る。刺された部分が熱い。


 命令――その言葉が、灯乃に何故か酷く重く圧し掛かった。

 絶対厳守、逆らうことはできない。そう意思がつげている。

 もちろん、初対面の相手の命令なんて聞く必要はないし、ましてや普通の学生である彼女にその命令を遂行するだけの力もない。


 ――それなのに、身体がうずく。今なら出来る気がする。


 何の根拠もないのに、灯乃は妙に落ち着き払い、先程までの動揺を一気に吹き飛ばした。

 顔をあげた彼女の瞳に、敵の姿が映る。


 ――斗真を、主を護れ。それが今果たすべき使命。


 「御意」


 灯乃の口が勝手にそう応えた。

 灯乃が立ち上がると、それだけで男達は恐れるようにビクリと身体を震わす。

 彼女の目の色が変わり、今度は斗真の方が灯乃の背に立つ。


 三日鷺の力、なのだろうか。

 意識はあるのに、身体が宙に浮くみたいに軽くてフワフワしている。

 それに一方で、溢れ出てくる何かを感じる。

 身体がギュッと拳をつくり、深くそれをかみ締めると、その様子を伺っていた男達がついに飛び掛ってきた。

 先手を取ろうと、素早く動く。


 けれど灯乃が動じることはなかった。

 丸腰で何の武器ももたない彼女だったが、彼らより速く身体を動かすと、首の付け根を狙い、次々と一撃で仕留めていく。

 男達の動きが、何故か手に取るように分かる。

 遅い――次に何を仕掛けてくるか、完全に見えてしまっている。

 前から、左右から、飛ぶように上から。

 けれど灯乃にとっては、どこから狙われても同じだった。

 まるで時代劇の戦闘シーンのように、男達が簡単に攻撃を受け倒れていく。

 今の彼女に敵う者などいなかった。


 これほどまでの強さなんて、今まで持ち合わせていなかったのに。

 自分の身体じゃないような、まるで見えない何かに操られているような。

 身体が勝手に相手を見極め動く。


 ――意識は、確かにあるのに


 そんな灯乃の圧倒的さを目の当たりにして、とうとう無駄だと判断したのか、男の一人が渋々と手を挙げ仲間に合図をおくった。

 撤退の合図だった。

 倒れた仲間を引きずるようにして、あっという間に去っていく。

 するとその後は何事もなかったように、日常の穏やかな空気がゆったりと流れ込んできた。

 灯乃の身体は、終わったことを告げるように息を吐き、そっと斗真の方を振りむく。

 そしてどういう訳か、彼の前で突然跪いた。

 まさに主人と家来のような絵。


 ――あ、あれ? おかしいな。


 ぼんやりと、どこか傍観者のような気分で灯乃は、今自分がしている行為を見る。


 ――私はなんで彼に跪いてるんだろう?


 そうは思うが、これ以上はどうにも頭が働かなくて、考えようにも考えられない。

 催眠術にかかっているとしたら、こんな感じなのだろうか?

 呑気にもそういう思考だけが動いていると、そこへ斗真の言葉が降ってきた。


 「もういい。命令解除だ、灯乃」


 するとそれを聞いた途端、何かがスゥーっと抜けていき、朧気だった灯乃の感覚がみるみるうちにはっきりしてくる。

 だが。


 「ぅ……!」


 なぜかその瞬間、急に激しいめまいが襲って、灯乃は前にぐらつき倒れた。

 それを斗真が支えるも、彼女はそのまま瞼を閉じて気を失う。


 「……やはり三日鷺の動きに、耐えられなかったか」


 ぐったりとする灯乃を眺めながら、斗真は小さく独り言を呟くと、そっとその身を抱き上げ、どこかへ歩いていった。


 ――灯乃の普通は、この時終わった。

 これから先、彼女は普通のようで普通でない日常をおくる事になる。


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