三日鷺~みかさぎ~
佐央 真
はじまり
第1話
――
特技として強いてあげるなら料理くらいで、目立ったことは特にない。そんな子だった。
そんな彼女を変えたのは、一時の出来事。
それは下校中に通った、ひと気のない道。
ただ近道をしようと思って通った、ただそれだけの理由でそこにいた。他には誰もいない。
灯乃ひとりの、夕陽が照らすオレンジ色の道で――彼は、突然現れた。
「うーん……こんな感じかな?」
彼と出会う数分前。カラスの鳴き声が穏やかに聞こえる夕焼け空の道を、灯乃は睨めっこするように数学のノートを眺めながら、一人で歩いていた。
明日は土曜日で学校は休みだから、幼馴染みの雄二の家で一緒に勉強しようということになっているのだ。
雄二は数学が大の苦手で、教えるのは決まって灯乃の方。だから前もってノートをまとめているのだが。
「関数って、私も苦手なんだよね」
課題の範囲を見て、灯乃はハァと溜息をついた。
――家に帰ったら、もう一度見直そうかな。
そう思うと、何となく急かされるみたいで帰る足が速くなる。
なら、近道を通って帰ろうか。
調子付くようにそう決めると、灯乃は軽く走るようにひと気のない細道へと入った。
と、そんな時。
「ん?」
灯乃は前方から走ってくる男に気づく。
何だかその彼の表情はただ慌てているというものではなく、どこか切迫した空気をもっていて、灯乃は首を傾げながらもつい見つめてしまう。
歳は同じくらいだろうか、やたらと後ろを警戒しながら走っている。
――どうしたんだろう?
のんびりと灯乃がそんな事を思っていると、そのまま通り過ぎるだろうというところで、なぜか急に彼の足が止まった。
「えっ」
内心驚いて灯乃は小さく声をもらすと、次の瞬間、只ならぬ気配をこめた大きな風がドッと一吹きして、それを合図にしたかのように灯乃の周りを一瞬にして数人の男達が取り囲むように現れた。
いや、灯乃を――というより側の彼をというべきだろう。
男達は全身黒ずくめで、顔は覆面をし、ただ鋭い目だけを彼に向けていた。
嫌というほど殺気をとばしてくる。
灯乃は無意識に鳥肌を立たせ、呆然と固まっていると、回りの集団は側の彼へと話しかけた。
「もう逃げ場はない。斗真様、おとなしくアレをお渡し下さい」
そう言って差し出された手に、斗真と呼ばれた彼は奥歯をかみ締める。
「断る」
そう答えた彼の一言に、男達の目が更に鋭くなった。
「えっ、あ……」
そんな彼らのやりとりを、灯乃はすぐ側で動揺しながら見ていると、男達の目がこちらに気づいたようでジトリと向きを変えた。
その瞬間目が合い、彼女はゾクッと怯えた身体を後退させようとするが、彼らの手元で薄らと光るナイフの刃が見えてくると、近くにいた斗真に突然腕を掴まれ、その背に隠された。
「えっあのっ……!?」
「ちっ、またか」
「え……っ?」
周囲で無数の刃が完全に現れ、斗真は眉を歪ませると、自身の脇に手を添える。
彼も何かを持っているようだ。
すると、周りの刃は何の躊躇いもなしに二人を狙って一斉にとんだ。
「えっ!? ひゃっ!」
突然のことで訳が分からず、灯乃は目をきつく閉じると、前方でキンっとナイフを弾く音がいくつかした。
しかし同時に肉を裂く鈍い音もして、彼女は嫌な予感に震えながらも目を開く。
するとやはり多勢に無勢だったのか、灯乃にはなかったものの、彼女をかばった斗真の身体には数個の傷がつけられていた。
そんな彼の右手には、刃が折れた刀がしっかりと握られている。
これが斗真の得物――今ので折られてしまったのだろうか?
しかし地面にはそれらしいものはない。もともと折れている代物なのだ。
「それが
男の一人が呟いた。
狙いはこの折れた刀だったのか、黒ずくめの男達の意識がそれに集中する。
すると斗真はぎゅっと刀を強く握りなおして、後ろの灯乃に口を開いた。
「おまえ、名前は何だ?」
「えっ?」
「いいから答えろ!」
男達が標的を定めて襲いかかってくる中、それを無理やり押し返しながら斗真は灯乃に声を張り上げる。
労わる余裕もなくきつく掴まれた腕は痛みを増し、灯乃に激しい苦痛を与えた。
それに耐えられなくなった彼女は、斗真に思い切り叫ぶ。
「っ、ひっ灯乃! 唯朝灯乃!!」
「灯乃か。悪く思うな」
「え……っ?」
名前を聞くなり斗真は低く囁くと、灯乃の胸に突然その折れた刃を突き刺した。
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