第9話 失恋後談(最終回)

 夏の吹奏楽コンクールも終わって、アタシ達の中学校は銀賞止まりだった。


 去年はゴールド金賞だったけど、県大会より上の無い、自由曲1曲だけの部門。

 今年は県大会でいい成績を取れたら、中国地方大会に進むことが出来る、課題曲と自由曲の2曲を演奏する部門。


 だから、結果は残念だったけど、上井くんも部長として必死にみんなをまとめて頑張ってたし、吹奏楽部のみんなとしてはやり切ったんじゃないかな?


 実はアタシ、ある2年生のフルートの女の子から、夏休み中に相談を受けたんだよ。


「ケイちゃん先輩、知ってたら教えて下さい、上井先輩って、神戸先輩と付き合ってるんですか?」


 フルートの横田美紀ちゃんなんだけど、小柄で笑顔が可愛い子なんだ。

 アタシの情報網では、横田の美紀ちゃんのことは、上井くんと同じサックスにいる2年生の男子、永田くんが狙ってるって聞いたけど、美紀ちゃんは上井くんのことが好きだったんだね…。


 アタシは動揺しながらも平静を装いながら、


「うん、夏休み前から付き合ってるよ、あの2人」


 と、答えたの。


「えーーーっ。アタシ、上井先輩のこと、好きだったのに…。コンクールで告白しようって思ってたんです。本当ですか…」


 美紀ちゃん、すごくショック受けてた。


 アタシだってまだチカちゃんショックから抜け切れてなかったけど、美紀ちゃんもきっと初めて本気で好きになったのが上井くんなんじゃないかな?

 だから、しばらくはすごい落ち込んでたんだよ。


 でも上井先輩には言わないで下さい、勿論神戸先輩にも、って言われたし、アタシもそんなこと2人に言うことじゃないし、アタシの心の中に仕舞っといたの。




 だから上井くん、君は3人の女の子の中から、チカちゃんを選んだことになるんだよ。




 って言っても、本人は自覚がないし、モテないと思ってるから、やっとチカちゃんとカップルになれた!って喜んでるだけだけどさっ。


 アタシはというと、コンクール当日、会場に北村先輩が応援に来てくれた時、やっと北村先輩を捕まえてお話しして、やーっと別れることが出来たんだ。


 今更だけどフリーになったし、前へ進むために、一度でいいから上井くんとゆっくり話をして心にケジメを付けたくて、学校に戻ったコンクールの片づけの後、チカちゃんに頼んで、上井くんと2人で喋れる時間を作ってもらったの。


「チカちゃんごめんね、大切な彼氏を奪っちゃって」


「もう、奪うだなんてケイちゃんは大袈裟すぎるよ。本当にアタシから上井くんを奪わないでね?何か色々あるんでしょ?北村先輩のこととか、その他にも…。後でちゃんと上井くんを返してくれればいいから」


 一通り片付けも終わって解散になった後、アタシは上井くんと2人きりになって、お話したんだ。


「山神さん、話って何?」


 アタシは敢えて、チカちゃんから、アタシが話したい事があるから部活の後に残ってほしいと伝えてもらったの。その方が、上井くんも後ろめたくないかなって思って。


 最後まで残ってた後輩男子は帰り際にアタシと上井くんを見付けて、「先輩、二兎を追う者は一兎も得ずですよ!」とか言って茶化してた。


「そんなんじゃないっつーの!」


「ゴメンね、上井くん」


「いやいや、あいつらも分かってて、からかってるんだよ」


「でも上井くん、男子にも女子にもモテモテだねっ」


「男子にモテてもしょうがないけどね。でも偶々神戸さんと両思いになれたけど、モテモテだなんて…、あり得ないよ」


 上井くんはやっぱり鈍感なんだわ(笑)

 チカちゃんと付き合えた裏で、少なくともアタシと美紀ちゃん、2人の女の子を泣かせてるんだから…。


 それに、アタシが知らないだけで、もっと他にも上井くんのことを好きだった女の子がいるかもしれないのに。

 だから、素直に言うの。


「アタシね、実は失恋したの」


「ええっ?もしかして北村先輩にフラレたの!?」


「ううん、違うよ」


 アタシは苦笑いしながら言った。


「違うの?」


「北村先輩は、アタシから別れを告げたの」


「えーっ、そうなんだ…初めて知ったよ」


「だからあえて言うと、失恋したのは北村先輩の方ね。実はね、アタシが失恋した相手は…」


「誰?」


「…実は、実はね、上井くん。今、アタシの目の前にいる男の子だよ」


「うん…って、ええっ!?俺?なんで?本当に?」


「アタシ、上井くんのこと、好きだったの」


「まっ、まさかぁ!嘘でしょ?山神さんは学校中のアイドルだよ?男子の憧れのベストワンだよ?そんな女の子が、なんで俺なんかのことを?」


「卒業式のこと、覚えてる?」


「あっ、卒業式…。うん…」


「あの時、アタシが北村先輩に抱き締められたのを、上井くんに見られたよね」


「うん、窓の外を眺めてたらね」


「その後、教室に戻ったら、上井くんがやっぱり山神さんは北村先輩と付き合ってるんだね、って物凄い悲しい顔をしながら言ったんだよ。覚えてる?」


「覚えてるよ。今だから逆に言えるけど、2年生の時同じクラスで、山神さんは色々俺のことを助けてくれたよね。だから凄い嬉しくて、これはもしかしたらもしかするのかな?なんて思ってさ、俺もどんどん山神さんのことを好きになりかけてたんだ。北村先輩がいなかったら、好きになりかけじゃなくて、ハッキリ好きになってたと思う。秋頃からは、ハッキリ言えば、山神さんに片思いしてた。だけどさ、あんな場面を見たら中2男子には辛いよ。山神さんはやっぱり自分が好きになっちゃいけない女の子なんだ、って思って諦めたんだ」


「そうなんだね。秋頃って、例の事件の頃?」


「そうなるかな…。女の子に髪型がどうだこうだ言ってからかうなんて、俺は北村先輩が許せんかったけぇ、そんな先輩と付き合うのはやめてほしいな、俺の方を向いてくれないかな、こんなに仲良くしてくれてるのに…ってね、思ったんだけど。まあ、俺みたいなモテない男が、山神さんみたいに可愛い女の子を好きになっても、美女と野獣だよね。ごめんね」


「卒業式の後、諦めないでほしかったな…」


「え!?」


「アタシ、卒業式の頃はもう、北村先輩とはお別れするつもりだったんだもん」


「えっ…」


「お別れを告げに言ったら、北村先輩はあんな性格だから、アタシがお祝いに来たとでも思って、わざと見せびらかすように、みんながいる前でアタシの事を抱きしめたのよ」


「………」


「だからアタシ、北村先輩に別れて、って言えなくなっちゃって」


 そろそろアタシの涙腺も限界。涙が目から零れそうだよ…。


「アタシは本当は卒業式の日、北村先輩と別れたら、上井くんに告白するつもりだったんだよ・・・」


 ここまで言ったら、涙が溢れちゃった。


「…そ、それは初めて聞いたよ…。でも、まっ、まさか…」


「アタシも初めて話すもん。しいて言えば、竹吉先生は知ってた」


「そうなの?」


「上井くんが、卒業式の後、急に、アタシと喋らなくなったのに、気付いてたの、先生は」


 泣きながら喋るから、言葉が途切れ途切れになっちゃう。


 そんなアタシに、ハンカチをそっと渡してくれたの、上井くんが。

 どこまで優しいのよ、余計泣いちゃうじゃん!


「確かに、山神さんをもう好きになっちゃいけないと思って、喋らないようにしてたのは事実。そんなタイミングで、3年になって同じクラスになった神戸さんが、山神さんの代わりみたいに、クラスで俺のことを弄り始めてさ。そんなことされたら、気になっちゃうじゃん。山神さんを好きになっちゃいけない、と決めた俺の心に、神戸さんが入り込んで来た、そんな感じだったんだ…」


 やっぱりチカちゃん、上井くんのこと、意識してたんじゃない。気になるだけとか言ってたのは、アタシを気遣ってのこと?


「アタシは、上井くんと、話せなくなったのは、自分のせいだから、自業自得、と思ってたの。でも、先生は、気にせず、話しかけな、って、背中を、押してくれたの」


「それで…ある日突然、バイバイとか、おはようとか、声を掛けてくれるようになったんだね…。そんなことがあったとは何も知らなくて…ごめんね」


「ううん、ゴメンなんて、言わないで。でも、アタシも実は去年の秋から、ずっと上井くんのことが好きだったの。これだけは覚えててほしくて、今日、チカちゃんに、無理にお願いしたの」


「じゃっ、じゃあ…。去年の秋から、実はお互いに好きだった、だけどお互い遠慮してたってこと?」


「そっ、そうなるよね…」


「…神戸さんも、山神さんが俺のことを好きだったってこと、知ってるの?」


「アタシが、上井くんのことを、好きだったって知ってるのは、先生だけよ。チカちゃんももしかしたら、何となく女の勘で察知してるかもしれないけどね」


アタシは2人の仲を壊したくなくて、ボカシてそう言った。


「でもでも、こんな時に聞くのはゴメンかもしれないけど、俺なんかのこと、なんで好きになってくれたの?」


 上井くんにそう聞かれたら、今までの上井くんとのやり取りとかがサーッと思い出されて、また涙が溢れてきちゃった。


「2年生になってね、同じクラスになった時はね、上井くんのことは、存在を知ってるだけで、まだ、好きとかいう存在ではなくて、助けてあげなきゃって感じだったの。でもね、オドオドしてた上井くんが、どんどんバリサクが上手くなって、コンクール頃から吹奏楽部の中で、存在感を発揮し始めて、アタシも上井くんのことが、単なるクラスメイトから、気になる異性になって来たの」


「……」


「そんな時、チカちゃんが、北村先輩に、髪の毛の件で、虐められたでしょ?その時、上井くんが、トラブルを、上手く、早く解決してくれたでしょ?」


「まあ、神戸さんが泣いてるのを見ちゃったからね…。でも俺は先生に何とかしてあげて下さいって伝えただけで…」


 アタシはもう泣きながら、上井くんに向かって思いの丈を話し続けた。


「それが出来るだけで凄いんだよ、上井くんは。その時、上井くんが、凄く大きく、カッコよく、アタシには、見えたの。北村先輩なんかよりも。その時点でね、アタシ、いつも上から目線で自分勝手で、アタシの親友をイジメるような北村先輩とは別れたい、さり気なく優しい上井くんの方が、絶対に彼氏として楽しく付き合えるって思った」


「………」


「だから、上井くんのことを好きになったのは、去年の秋」


「…そっ、そうなんだね」


「そうなんだよ。だからね、さっきも言ったけど…去年の秋から半年、アタシ達、両想いだったんだよ!」


 気付いたら、上井くんも涙を目に浮かべてた。けどアタシに悟られないように、横を向いたり、汗を拭くような仕草で涙を拭ってた。


「女の子にここまで喋らせちゃってごめん、本当にごめん!俺が悪いんだよね」


「ううん、上井くんは、何も悪くないよ。チカちゃんも悪くないの。悪いのは、北村先輩のことがもう嫌になってたのに、早く別れなかった、アタシなの」


 上井くんはそうじゃないって、大きく頭を横に振った。


「だからね、去年の秋から続く、アタシとチカちゃんと、上井くんの三角関係は、上井くんがチカちゃんとカップルになったことで、最終回を迎えたんだよ。だからね、アタシは、3人の中で1人だけ恋が実らなかったから、1/3だけ失恋したんだ、そう思うようにして、夏休み、コンクールを過ごしてきたの」


「1/3の失恋…」


「そうだよ。だから、アタシには、まだ2/3の可能性があるって、なんの根拠もないけど、そう思って、上井くんに今までありがとう、って伝えたかったの。絶対、絶対にチカちゃんと別れたり、フッたりしちゃダメだからね!」


「俺こそ、ありがとう」


「えっ?」


「2年生で同じクラスになってからの、山神さんとの出来事を色々思い出すとさ、本当にフランクに接してくれて、俺が吹奏楽部に馴染みやすいように気を使ってくれたよね。時には大胆にも俺の目の前でスカート捲って、ブルマを脱いで友達に渡したりさ」


「アハハッ、そんな変なこともあったね」


「そんな明るい山神さんを泣かせちゃって、本当にごめん」


「本当だよ!アタシの青春を返してよ!」


 アタシ達は2人で泣き笑いした。


「じゃ、じゃあ、あまり遅くなっても、チカちゃんに悪いし、アタシ、上井くんをチカちゃんに返して、帰るね」


 話し始めたころはまだ夕焼けが見えたけど、この頃はもう完全に真っ暗になっちゃってた。


「うん。今日はありがとう。気を付けてね」


「…上井くん、最後に一つだけ、いい?」


「えっ?何?なんでもいいよ」


 アタシはそう言うと、上井くんに抱き付いた。


「えっ、山神さん…」


「ちょっとだけでいいから、チカちゃんの所に帰る前に、アタシに上井くんを感じさせて。お願い」


「うん…」


 上井くんはそう言うと、しっかりとアタシのことを抱き締めてくれた。


 アタシは名残惜しくて、上井くんの胸に顔を埋めて、また溢れる涙を堪えてた。


 上井くんはそんなアタシの頭を、撫でてくれた。


 しばらく抱き合った後、アタシから離れた。


「山神さん…」


「これで、卒業式の時のお互いの悔しさは晴れたでしょ?じゃあ、本当にバイバイ!」


 アタシは泣きながらカバンを持って、上井くんの顔を見ないようにして駆け出した。




 これから上井くんとは、友達として接するんだ。チカちゃんを応援して、2人が上手くいくようにね。

 まだまだお互いに3年生だし、部活も文化祭まで続くし、お互いの顔を見ることはあるもん。


 でも…


 上井くん、チカちゃんと幸せになってね。チカちゃんを泣かせたら、許さないからね!


【完】




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 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 この「山神恵子」さんは、現在連載中の「青春の傷痕」のプロローグ的スピンオフ小説となっています。

 この全9話を前提に、「青春の傷痕」を読んで頂いたら、なるほどね~となるかもしれないと思いまして、「青春の傷痕」第1回目のリンクを貼っておきます📝

https://kakuyomu.jp/my/works/16816700426570626925/episodes/16816700426595468742

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山神恵子 イノウエ マサズミ @mieharu1970

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