第8話 涙の理由

 6月下旬になって、いよいよ来月実施される林間学校に向けての準備が本格化してきた。


 今日は各クラス一斉に、班編成会議をやってる日なの。


 だから部活に来る3年生もちょっと少ないかなと思ったけど、女子は殆ど来てるから、どのクラスも班長に立候補した女子は少なそうね。


 アタシ、山神恵子は、3組なの。


 吹奏楽部の顧問の竹吉先生の独り言によると、本当はアタシも上井くんやチカちゃんと一緒の1組にしたかったみたいなんだけど、担任の先生の会議での優先順番があって、どうやらアタシは3組の担任の先生に指名されたみたいなのね。


 でもあの先生が本当にアタシを欲しがったのかな…?


 そんなことはもう誰に聞いても分からないし、知らないって言われるだろうから何も言わないけど。


 さて吹奏楽部の部長、上井くんは、どうやら班長に立候補したみたいで、今日の部活に来たのはもう終わりそうな頃だったよ。


「部長、遅刻~」


 って、後輩にからかわれてたけど、ちょっと放課後に昼寝しちゃってね~とか、わざと的外れな答えを返して、笑わせてた。

 真正面から班長会議があったから仕方ないだろ!とか怒ったりせず、その場の雰囲気を楽しくするところが、上井くんの良い所なんだよね。

 …これがアタシの宙ぶらりんの彼、北村先輩なら、真正面から怒鳴り返して、部内の雰囲気を凍らせるだろうな。


 そんな時に、練習しながらチカちゃんが聞いてきたの。


「ねぇねぇ、ケイちゃんは林間学校で誰か同じ班になりたい男の子とか、クラスにいる?」


「えっ?アタシは…特にいないかなぁ」


 悪いけど、3組にはアタシがときめくような男子はいないの。アタシは1組が羨ましいの。


「そっか、まだ北村先輩と続いてるもんね」


 やっぱりそう思うよね。アタシは本音では北村先輩とはすぐにでも別れたいし、今一番告白したいのは3組の男子じゃなくて1組の上井くんなんだよって、心の中でチカちゃんに語り掛けた。


「そういうチカちゃんは、誰か気になる男の子はいるの?」


 アタシはつい逆襲しちゃった。


「う、うん…。あのね、内緒の話だけど、上井くんがアタシを同じ班にしてくれないかなって思ってるの」


 やっぱりね。上井くん、人気あるなぁ。後輩の女子も気軽に上井くんに話し掛けてるし。

 その割に本人は鈍感なのか、バレンタインデーにチョコを義理ですら1個ももらえなかったことを今だに引き摺ってるけど。


 その班編成は、どのクラスも明日の朝、発表されるんだって。


 アタシはどうなることやら?

 特に3組には気になる男の子もいないけど。


 それでもなんか気になって、あまり寝付けないまま次の日登校したら、朝の学活で林間学校の班編成が発表されたの。

 6人の各班長が前に出て、班員を発表するんだけど、アタシの3組の班長は男子が5人、女子が1人だったよ。

 女子で班長に立候補した子は、アウトドア系が好きそうな女の子で、勿論体育も得意な子だから、適役だね~なんて思っちゃった。


 アタシは特に可もなく不可もない、Wくんの班に入ってた。


 でも何か意味があるのかなどうなのかな?


 1組ではどんな班になってるのかな、上井くんは班長として、チカちゃんを選んだのかな、って、他のクラスのことを気にしちゃうよ~。


「はい、じゃあ班編成とおりに、机を移動させて下さいね」


 先生がそう言ってみんなが机を動かし始めたら、ほぼ同時に他のクラスの机も動かしてる音が聞こえてきたから、どのクラスも同じような進み具合なんだろうね。


 その日の部活に出たら、チカちゃんが昨日よりも嬉しそうな顔してた。それだけでアタシはもう分かっちゃったけど、一応聞いてみた。


「チカちゃん、1組の班編成はどんな感じ?」


「アタシ、上井くんが班長の班に入ってた♪」


「良かったね!これからは余計に上井くんのこと、意識しちゃうんじゃない?」


「…ウン」


 チカちゃんが珍しく顔を赤らめて、そう答えた。


 アタシは良かったね、チカちゃん!っていう思いと、チカちゃんのことが羨ましくて悔しくて堪らない思いの、二つの思いに襲われちゃった。


「あっでも、まだ上井くんのことがよく分かんないから、好きとかいうレベルじゃないよ。気になるだけだから、本当に」


 突然チカちゃんはそう言って、上井くんのことを好きなわけじゃないと言ったの。なんでそんなことわざわざ言うのかな?アタシの内心を知ってるの?


 なーんか、アタシを牽制してるのかどうなのか、分かんない。


 林間学校のお昼ご飯の後とかを使って、可能なら上井くんに告白したいと思ったんだけど、チカちゃんが同じ班だったら流石に無理だよね…。


 期待してたチャンスを一つ逃しちゃったかなぁ。


 @@@@@@@@@@@@@@@


 林間学校も、アタシには何もなかったけど、とりあえず無事に終わって1学期が終わるのを待つだけのある日。


 アタシが普通に部活に出てきたら、その後に上井くんとチカちゃんが何か言い合いながら音楽室にやって来たの。


 何言ってるんだろう?と思って聞いてたら、何かを教えてよ、いや、教えられないとか言い合ってる。


 アタシはピンと来ちゃった。


 でも黙って練習の準備をしていたら、上井くんが先に音楽室に入って、後からチカちゃんが入ってきたの。

 その段階では、他の部員もいるからか何も話してなかったけどね。


 そしていつものようにチカちゃんがアタシの横に座って、クラリネットの準備を始めながら、アタシに話し掛けてきたの。


「ケイちゃん、遂にアタシ、上井くんのことが本当に好きになったの。でね、今日ね、何とか上井くんの本音を引き出そうと思ってるの」


 遂に来たわ、この時が…。アタシはわざと小学校時代にいたチカちゃんの彼のことを持ち出して、はぐらかそうとしちゃった。


「えーっ、ついにチカちゃん、前の彼氏の影を吹っ切れたんだね!」


「前の彼って、小学校の時の話じゃん。アレは付き合ったと言えるのかどうか、アタシも分かんないし、影ならとっくに吹っ切れてるよ!」


「そっか、そうだよね、エヘヘ…」


 通じなかったわ…。


「でね、今日上井くんに、好きな女の子はいるの?って、話しかけたら、上井くんたらシドロモドロになっちゃって、逃げてばっかりなんだ。これって、絶対脈ありだよね?」


「分かる。分かるよ~、上井くんの気持ち」


「ちょっと、なんでアタシより上井くんの気持ちに寄り添ってるのよ、ケイちゃん!」


 だって上井くんは、アタシのことだって気になる存在だったはずだもん!って言いたいのをグッと堪えて…


「まあ、男子と女子には色々あるからね、色々…」


 と、苦笑いしながら、心の中では泣きながら、返したの。


「なんかケイちゃんはアタシの味方なのか敵なのか分かんないよ?」


 本当は敵だったんだよ。ライバルだったんだよ、ずっと。だけど…


「もちろん味方に決まってんじゃん!かなり上井くんを追い詰めたんでしょ?さっきの様子だと。そしたらさ、今日中に決着つけたいよね」


「ま、まあね」


 チカちゃんのこんな顔、見たことないよ。本当に恋する乙女って感じ。


「いつもチカちゃん、クラリネット片付けたらとっとと帰ってるけど、今日は上井くんが音楽室の鍵を閉めるまで待ってて、最後に2人切りの状況に追い込んで、答えを言わなきゃ帰さない!って攻めてみたらどう?」


「そうだね、いつもアタシはとっとと帰ってたから…。うん、そうしてみる」


「応援してるよ、チカちゃん!」


「うん、頑張るね!」


 アタシは心と裏腹なことを言ってた。心の中は大泣きしてた。北村先輩と別れて、上井くんに好きって告白したい、その思いでずっといたのに…。


 上井くんの方を見たら、バリトンサックスを熱心に練習してたわ。


 何か、鬼気迫るものを感じちゃうほどに。


 チカちゃんにこの後も迫られたら、どう返せばいいか?ってのも考えながら、ひたすら個人練習に打ち込んでたように感じたよ。


 そしてその日の部活も終わりを迎えて、アタシはチカちゃんに、


「いい?絶対帰りに上井くんを捕まえるんだよ。じゃあね」


 とだけ言って、先に帰ろうとした。


 だけど、だけど…。


 アタシ、まだ上井くんのこと、諦められないよ!


 2人がどうなるかを聞き届けてから帰ろうと思って、音楽室に上がる階段の下でしばらく待ってみたの。


 そしたら、聞こえてきたよ‥‥。


「上井くん!上井くんの好きな女の子は誰なの?言わないと、帰さないよ~」


 チカちゃん、凄い粘ってる。あんなチカちゃんの様子、見たことない。


「神戸さん、もうここまで追い詰められたら言うしかないとは思うんだけど…」


 上井くんは観念したのかな。神戸さんが好きっていうのかな、それとも全然違う女の子の名前を言うのかな。もしそうならアタシの名前を言って!


「うんうん、誰が好きなの?」


「あのね、俺が好きなのは…、好きな女の子は、同じクラスで…」


「うん…」


 あっ、アタシ、終わった…。


「同じ吹奏楽部の…」


「うん…」


「同じクラスで、同じ班の、出席番号が…33番の女の子!」


 上井くんはそう言うと、すごい勢いで階段を駆け下りてったの。アタシの目の前を通ったのに、アタシにも気付かなかったみたい。


 何?これで終わり?


 アタシは、上井くんの意中の女の子がアタシじゃなかったのが悲しかったけど、スッキリしなかったから、思わずチカちゃんのことを迎えに行ったよ。


「チカちゃん、頑張ったね!」


 複雑な心を隠して、とりあえずチカちゃんをねぎらったの。


「あれ?ケイちゃん、見ててくれたの?でも上井くん、しっかりアタシの名前を言ってくれた訳じゃないし、アタシは上井くんのことが好きって伝えられてないし…」


「なに言ってんの、まだ上井くんは学校にいるんだから、上井くんの帰り道に先回りして、しっかり最後まで告白し合わなきゃダメだよ!ほら、早く行かなきゃ!」


「そうだね、うん。ケイちゃん、ありがとう」


 チカちゃんはそう言うと、上井くんの先回りをしようと、駆け出した。


 アタシ、何やってんだろう…。なんでチカちゃんの応援してるんだろう…。


 チカちゃんの背中を見送りながら、少しずつ涙が溢れてきた。


 アタシの片思い、散っちゃった…。


<次回へ続く>

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