第7話 駆け引き

 部活の後、職員室の片隅で、竹吉先生に相談に乗ってもらってるアタシは、山神恵子。


 部活は吹奏楽部で、クラリネットを吹いてるの。


 実はアタシの何気ない行動で、色んな人を傷付けてるって分かって、ただいま落ち込み気味なの…。


 吹奏楽部の顧問の竹吉先生に悩みを聞いてもらってるんだけど、肝心のアタシの本音はどうなんだ?って聞かれて…


「先生、建前とかじゃなく、女子の、アタシの本音として聞いて下さいね」


「おお。分かったよ」


「アタシ、現状は北村先輩という彼氏がいる状態ですけど、本音は…別れたいです。別れて、上井くんに謝ってから、改めて上井君に好きって告白したいんです」


「そうか、それがお前の本音か」


「はい」


「…じゃあ、俺も秘密の話を独り言で喋るけど、聞き流してくれるか?」


「あっ、はい…?」


「んーっとな、各クラスの担任は、絶対自分のクラスにほしい生徒を、クラス替え会議の時に5人まで指名出来るんだ。絶対に聞かせられないけどな。俺は上井が吹奏楽の部長で心配だから、上井は俺のクラスにしてくれって言った。あと、上井が部活で仲がいい女子も同じクラスにしてやりたかったから、2人ほど指名したんだが、そのうち1人は指名が被ったんだよなぁ。俺は既に上井で1人分先に枠を使わせてもらったから、指名が被った生徒は、泣く泣く譲らなきゃいけないんだなぁ、ルールとして。だから上井と同じクラスにしてやりたかったんだけど、出来なかった女子が1人いるんだ。その女子が誰だとは言わんけど、どうかその女子には、これからも上井を嫌いにならないでやってほしいと、俺は思ってるんだよな。無理して年上なんかと付き合わんでもいいとも思うし。今までと同じように、上井に話しかけてみてほしい、と思ってる。以上、独り言終わり!」


 アタシは涙がポロポロと流れてきたよ。先生の独り言だから、答えちゃいけないのかもしれないけど、先生に背中を押してもらえたよ。


「せ、先生、ありがとう…」


「いやいや、何処の誰が言ったかよく分からんけど、人間何歳になっても、素直な気持ちを大切に、ってことだな、うん」


「また明日から、気持ちを入れ替えるね、先生!」


「おお、暗くなってきたから、帰り道は気を付けるんだぞ。じゃあな」


「ありがとうございました!」


 アタシは、元気を取り戻せた気がする。


 上井くんだって、もしかしたら意地を張ってアタシや他の同期の女の子と喋らないだけかもしれないし。


 だって、後輩の女の子とは普通に喋ってるしね。


 特にアタシのクラリネットの2年生の後輩、前田ちゃんと藤田ちゃんは、いつもクラの片付けが遅くて、上井くんに目を付けられてて、毎日のようにドアに鍵をかけるカウントダウンしたりして、楽しそうに喋ってるから。


 うん、上井くんに普通に話しかけてみよう…。


 @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@


 ある日の練習で、チカちゃんがアタシに突然聞いてきた。


「ケイちゃん、上井くんと喋れないって悩み、解決したの?」


「う、うん…。なんとかね」


 どうしたんだろう、突然…。


「ふーん…。アタシは何で2人が喋らなくなって、何でまた喋れるようになったのか、全然分かんないからさぁ。良ければ教えてよ。喋れる範囲で構わないから」


「うっ、うん…。最初にアタシ、言ったよね。アタシが全部悪い…って」


「うん…。それは聞いたけど。その言葉の意味って、どんなことだったの?」


 今日のチカちゃん、なんか突っ込みが鋭いな…。


「アタシが、北村先輩と別れてもないのに、上井くんに対して、気があるようなそぶりを見せちゃった、これが一番の原因」


「えっ?ちょっと待って…。ケイちゃんが、上井くんに対して、なんていうのかな、好きよ、みたいなアピールをしたってこと?」


「好きよ、まではいかないけどね。今は全部アタシの中で消化したから話しちゃうけど、アタシは去年、チカちゃんが北村先輩に意地悪された時から、北村先輩とは別れたくて仕方なかったんだ」


「本当に?」


「うん。チカちゃんって、アタシの親友じゃない。なのに髪の毛のことをからかっていい気になって…。それでアタシの気持ちが覚めて、代わりにそこへ、こんなトラブル許せないって、アタシや先生に力を貸してほしいって現れたのが上井くんよ」


「あっ…。そうだったよね。うん、アタシも上井くんには感謝してるもん」


 だからチカちゃんも上井くんのことが気になり始めて、今は好きなんでしょ?でもね…


「トラブル後はさ、何事も無かったかのように部活も進んでいったけど、事あるごとに北村先輩の自分勝手さに、アタシは頭に来ててね。そんな時に…上井くんって、北村先輩とは全然違うタイプでしょ?2年の時は同じクラスじゃったけぇ、結構休み時間とかに色んな話とかして…正直に言うね。アタシ、北村先輩と別れて、上井くんに告白しようと思ってたの」


「えーっ!」


 チカちゃんは凄いビックリして声まで大きくなってた。

 ってことは、やっぱりチカちゃんは上井くんのこと、気になる存在とか誤魔化してるけど、好きなんだね。


「チカちゃん、声が大きいよ」


「でっ、でも、突然2人は全く喋らなくなったじゃない?あれはなんでなの?」


 やっぱり言わなくちゃ、かな。チカちゃん、どんな反応するかな。


「…卒業式の日にね、アタシは北村先輩に別れを告げに行ったのに、逆に先輩が突然アタシを抱き締めてきて、周りもヒューヒュー言ったりするから、別れてって言えなくなっちゃったのね。その現場を、上井くんに見られたの」


 アタシは淡々と話した。


「上井くんに?どこで上井くんは…あ、2年4組の教室から見てたのかな?」


「そう。アタシがやっとこさ教室に戻ったら…あ、その途中でチカちゃんとすれ違ってるよね…。でね、教室に戻ったら上井くんが1人で外を眺めててね…」


 もしかしたらチカちゃんはアタシとすれ違う前に、2年4組の教室で上井くんと話でもしたのかな…。


「凄い悲しそうに、『やっぱり北村先輩と付き合っとったんじゃね。実はそれは噂なだけで、もし出来たら山神さんに告白したいって思ってたけど、噂は本当だってハッキリと見せられた。バレンタインにチョコももらえないような男が、山神さんみたいなアイドルにモテるわけがないよね、じゃあ…』って、それが喋れなくなる前の最後の上井くんの言葉だったの」


 今は上井くんと仲直り?はしてるけど、卒業式の日のやり取りを思い出したら、泣きそうになっちゃう。


「わぁ…。ケイちゃんにしてみたら、一番こうなってほしくない展開になっちゃったのね」


 チカちゃんは心配そうに言葉を掛けてくれたけど、何処かにホッとしたような雰囲気を漂わせてるのを、アタシは感じたの。


「そう。上井くんって一生懸命頑張って隠してるけど、根っこには吹奏楽部に入ったばかりの頃に悩んでたようなネガティブな部分が残ってて。何かの拍子にネガティブさが顔を出すと、とことん落ちてっちゃう。アタシが上井くんと話せなくなったのは、そんな理由なんだ」


「そうだったのね。軽々と聞いちゃって、ごめんね」


「ううん、今は大丈夫だから」


「そうみたいだね。この前、ケイちゃんが上井くんに、バイバイって言ってるのを見たから」


「あっ、アレ見られてたの?恥ずかしーっ!アレね、竹吉先生に相談して、教えてもらった解決方法だったんよ」


「先生に?」


「そうなの。なんでもええから、上井くんが絶対返事するように話しかけてみな、って言われたの。上井は本気で山神恵子を嫌うような男じゃない、何気ない一言を掛けてみなって」


「へぇ…。先生、よく見てるのね」


 まあその前に、どうして上井くんと話せなくなったかを、詳しく説明したから、だけどね…。


「でしょ?だから最初はね、部活で女子同士で、もう何を話してたか忘れたくらいの大した事ないネタを話してたの。そこへ偶々上井くんがバリサク持って通りかかったから、今だ!と思って、『ね、そう思わない?上井くん』って話し掛けてみたの。そうしたら、『うっ、うん。よく分かんないけど、山神さんの言う通りじゃない?』って、おどけて返してくれたの。一ヶ月半ぶりくらいに話せたのかな…。でも凄く嬉しかったよ。それ以来、おはようとかバイバイは、普通に交わせるように戻ったんだ」


 思い出すなぁ、そのなんでもない言葉のキャッチボールが、アタシ、とっても嬉しかったんだ!(*^^*)

 それからも、前ほどじゃないけど、全然喋れないってことはなくなったから…。


 本当に良かった。まだアタシ、上井くんの心に入り込めるよね?


 喋れなかっただけで、上井くんのことを嫌いになったわけじゃなかったから、この一月半…。


 でも悩みは残ってる。やっぱり北村先輩と別れたいってこと。


 どうやら北村先輩は、アタシの気持ちを察知して、別れたくないからか手紙を書いても返事くれないし、電話しても取り次いでもらえないの。


 …そんなんじゃ自然消滅しちゃうじゃん。


 それでもいいのかもしれないけど、アタシは、ケジメはちゃんと付けたいから…。


「ケイちゃん、上井くんと話せるようになったから、部活中も元気が戻ったんだね」


「そうかもね!」


「じゃ、アタシの悩み…聞いてくれる?」


 えっ、悩み?なんの悩みがあるの?恋愛なら、上井くんのことが好きなの、でいいんじゃないの?


「こんなこと聞けるの、ケイちゃんだけだから聞いてほしいんだけど、上井くんって、アタシのことどう思ってるのかな、なんて」


 アタシは一瞬表情が固まったけど、チカちゃんには悟られないようにして、話を聞き続けたよ。


「去年、アタシの髪の毛の件で、上井くんはアタシを助けてくれたじゃない?アタシはその件で上井くんには感謝してるし、友達以上の気持ちにはなってるんだけど、好きって言えるかっていうと、ちょっとまだそこまでは気持ちが何故か固まらないの。それならアタシ、上井くんはもう気にしないようにして、別の男の子を好きになったほうが良いのかなって…」


 何を今更、アタシの気持ちをかき乱すようなことを言うの?アタシには難しい話だった。本音を言えば別の人を好きになっちゃいなよ!って言って、上井くんはアタシの彼氏にしちゃいたい。


 だけどチカちゃんは、アタシが北村先輩とまだ続いてると思ってるから、そんなことしたら泥棒猫!って言いそうだし。


 必死にアタシなりの答えを探して、チカちゃんにはこう言ったの。


「…そうなんじゃね。さっきも言ったけど、上井くんは自分自身のことを『バレンタインにチョコを義理ですらもらえない、こんなモテない男』って自信喪失してたから、多分彼女はいないはず。絶対にチャンスはあるのよ、誰にでも…。もし上井くんが、他の女の子と付き合ったと想像したら、どう?」


 アタシは、誰にでも…って部分を強調して、なんとか答えてみた。もちろん、誰にでも…っていう部分と、他の女の子って部分には、アタシ自身を含ませてるよ。


「えっ…それは想像したことなかったけど、うーん…。他の女の子に取られるのはちょっと嫌だなぁ」


「ね、嫌だって感情があるなら、もっと部活でもクラスでも上井くんとお話しして、彼の良い所を見付けて、上井くんの目を神戸千賀子に向けさせなよ」


「ありがとう、ケイちゃん。うん、せっかくのチャンスなんだし、もう少し上井くんのことを知ってから、結論出すね」


 アタシはチカちゃんを応援してるのやら、いい機会だから上井くんの目をアタシに向けさせたいのやら、よく分かんない状態になっちゃった。


 この瞬間、アタシとチカちゃんは、上井くんを巡るライバルになった…って言えばカッコいいんだけどね。


 その日の部活も終わって、今までは帰る時には上井くんに声掛けたりしなかったんだけど、今日はチカちゃんと一緒に声を掛けてみたよ。


「上井くーん、バイバーイ」


「あっ…バイバイ」


 相変わらず照れ屋さんなんだね。俯きながら、アタシ達にバイバイって言ってくれたよ。


 ちょっと昨日までよりはいい気持ちで家に帰れたんだけど、そろそろ3年生だけのビッグイベント、林間学校があるんだよね。


 その時にアタシ、北村先輩との関係はキレイにして、上井くんに告白出来るかな?💖

 チカちゃんには上井くんをもっと知るようにしなよとか言っちゃったけど…ライバルだもん。


 でもまさか、あんな事態が待ってるなんて…


 <次回へ続く>

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