第二話
少しずつではあったが、セイラが毎日めげずに話しかけ続けたこともあってか、いつしかオルカの方からも声をかけてくれるようになった。
あれから十年という月日が経とうとしている。
「セイラ」
庭を散策していると、聞き覚えのある声が背後からした。振り返ると、ボロボロになった剣士たちの中に1人だけ涼しげな顔をして立っている者がいる。
「あ、オルカ! 今日も剣術の練習?」
「ああ。セイラは何をしているんだ?」
「ちょっと薬草を探しに」
「薬草?」
「本で特効薬になる草があるって知って」
「なんで、また」
そう言いかけたオルカが何か気付いたかのように口ごもる。他の者たちも暗い顔をする。
「陛下は、やはり具合がよくならないのか」
「ええ。少し公務を頑張りすぎてしまったみたい」
私は気丈に微笑もうとするが、話しているうちに視界がぼやけてくる。
先日、突然父が公務中に倒れたのだ。医師が言うには過労だろうということだった。だが、私は別の理由ではないかと考えている。この頃、城の外では水族の争いが増え始めていると小耳に挟んだ。
近頃、人魚に反発心を抱いている者達が増えているらしい。その者達が王の命を狙っているのではないかと噂されている。
「悪いが、皆は先に戻っていてくれ」
オルカが剣士たちに席をはずすように伝えると、彼らは私達に一礼して城へ戻っていく。侍女たちも何かを察したように、そっと私から距離を取った。
オルカは剣士たちの姿が見えなくなると、私の肩を掴んで自分の方へ引き寄せた。
「お、オルカ……?」
「誰も見ていない。我慢しなくていい」
その言葉を聞くと同時に、温かいものが頬を伝う。後からどんどん溢れ、止まらなくなる。
「うっ、ふ、ふぇぇ……」
私は声を出して、泣いた。今まで堪えていたものが堰を切ったように溢れてくる。オルカは、優しく子供をあやすみたいに背中を黙って叩いてくれた。不思議とその手の温もりが背中からじわじわと心に広がっていくようだった。その温もりに安心する。
「あ、ありがと、オルカ……」
ひとしきり泣き、少しスッキリした私は顔を上げる。背の高いオルカを見上げると、優しげな表情を浮かべていた。私の鼓動が跳ねる。
「落ち着いたか?」
「え、ええ。……ねぇ、オルカ」
「ん?」
「あなた、前より表情が柔らかくなったわね」
「そうか? いつもと変わらないが」
どうやら本人には、自覚がないらしい。だが、今のは見間違いではないはずだ。あのオルカが微笑んでいたのだ。
「昔と比べて、雰囲気が変わったわ」
「今も昔も特段変わったつもりはないが」
「明らかに表情が豊かになってるもの」
何故だか分からないが、少し胸が痛くなる。オルカのあの柔らかい表情が、自分以外の誰かに向けられているのは嫌だと思ってしまう。
「だとしたら、それはセイラのお陰かもしれないな」
「え、私……?」
「セイラを見ていると、危なっかしくて、放っておけない。気持ちが休まらない」
「ど、どういう意味よ」
オルカの言葉に頬を赤らめる。昔からオルカは、どこか私を子供扱いする節があるのだ。私の怒る姿を見て、また小さく微笑む。その表情に鼓動がより一層速くなる。一体どうしてしまったのだろうか。
「もうっ、オ」
「しっ」
急にオルカが険しい表情になり、腰にある剣に手を添えて、周りに視線を巡らす。
何か不穏な気配を察し、私は口元を手で押さえた。侍女たちが異変を察して、慌てて私達の傍へ寄る。オルカはその姿を確認し、小声で囁く。
「セイラを連れて、城の方へ。急げっ」
「はい!」
侍女が返事をし、私の手を引っ張った時だった。
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