Side: S
第6話 真実
結婚式前夜。ローラと別れて、私は再び、海の底の城へ戻る。いろいろと、準備をしておかなければならないことがあった。
「サラ姫。いるか?」
「リリス……何の用?」
城に戻ろうと、抜け道の洞窟を通る途中で魔女に呼び止められた。こんなところにまで出てくるなんて珍しい。
「これを渡しておこうと思ってね」
魔女は小さな瓶を手渡す。
「これって……」
「人魚を人間にする薬さ」
「ローラが飲んだものと同じ……?」
「いや、配合は変えてあるがね……これはお前のために作った物さ」
「どういうこと?」
「……少し、昔話をしようか」
そう言うと、魔女は語り始めた。
おとぎ話のような、本当か嘘かもわからないような話を。
かつて、人魚と人間は、同じ神から作られた一つの種族であり、同じ海に住んでいた。
しかし、ほんの些細な行き違いから争いが起き、二つのグループに分かれてしまった。
一つのグループは陸に上がり、人間となった。そしてもう一つのグループが海に残り、人魚となった。以来、人間と人魚は別々の進化を遂げ、別々の文化を持つに至った、と。
「それが、この薬となんの関係があるの?」
「まあ、ゆっくり話を聞け。お前は人間には大きく分けて二種類いるのを知っているだろう? 『男』と『女』がいる」
「うん、知ってる。ローラは『女』、だよね」
「ならば話は早い。ローラは『女』で、王子は『男』だ。そして我々人魚は『女』だけで、『男』はいない。それがどういうことか、もうわかるだろう?」
魔女は何かを懐かしむように、遠くを見つめる。
「人間は『男』と『女』で恋をして、子供を生む。それくらいしか、知らないよ。でもわたしは人魚だから、関係ないでしょう?」
わたしは魔女が何を言っているのか、理解が追いつかなかった。
「お前ももうじき十六になるな。ならば、じきに教わるはずだったこと。儂から説明しよう」
そう言ってまた、魔女は話し始める。いつになく真面目な顔で、そしてどこか悲しげな顔で。
「サラ姫よ。我々人魚は、人間の男を使って、子を成すのだ。だからかつては、年頃になった人魚は、陸に上って人間の男を誘惑し、海へ連れてきて子を成した」
「それって……そのあと『男』はどうなるの?」
「言わせるな……わかるだろう?」
人間は海に深く潜れば死ぬ。水の中で呼吸が出来ないから、時間が経つと、死んでしまう。
そんなの、わかっていることなのに。
「仕方がないことなんだよ。我々はそのようにさるしか、子孫を残す方法がない。そのために少しくらいの犠牲は目をつぶってもらわなければ」
「でも……そんなのあんまりだよ……。だってその男たちは、人魚を好きになったから付いてきたんでしょ……ローラみたいに。それなのに殺すなんて……」
「そうさ。好きな女のために命を捨てるなんて、幸せなことじゃないか。それに、生き物が別の生き物を殺して自らを生き長らえさせるのは、何も儂等だけのことじゃない。お前だって、生き物を殺して食って生きているだろう。それと、同じさ」
目から熱いものが溢れる。それは海水とは別の液体のようだった。
「サラ姫よ。その昔も、居ったのだ。お前とローラのように、種族を超えて愛し合おうとした愚か者が」
「そのひとたちは、どうなったの?」
「……離れ離れになった。2人は共に、海の泡となって消えたよ」
そう言う魔女は、何かに耐えているようで、とても辛そうだった。
その後も、魔女は次々と私の知らない話を聞かせてきた。
人魚と人間の違いのこと。人間には魂があるが、人魚には魂がない。
だから人魚は死を迎えると、そのまま泡になって消えてしまう。
それは人魚に恋した人間も同様で。
人魚に恋した人間は、海の神様に魂をとられてしまうから、なんだそうだ。
「もともとこの薬は、人魚が人間を誘惑するために、一時的に人間の姿を借りることができるように作られた薬だ。だから7日間しか効果がないし、効き目が切れれば人魚に戻るだけだ。だが、ローラは違う。効き目が切れた段階で、薬の毒に蝕まれた肉体は、魂なしではかたちを保てずに、泡となって消える」
「ローラが、人間、だから……?」
「そうだ。ローラの魂はすでに海神様のものだ。……ローラが、お前に心奪われた日から、ずっとな。ローラはお前が何もしなくても、いずれ海神様のもとへ取り込まれる運命だった。人魚を愛してしまった人間は、どのみち長くは生きられないんだよ」
「そんな……わたしのせいで」
「ローラを助けたいなら、身代わりに王子を殺して、その魂を海神様に捧げるしかない。だから、お前もこの薬を使って人間の姿を借り、ふたりで確実に王子を殺せ」
人間の魂は、海の神様の力のもとになる。
魂を差し出すことで、海の神様が力を貸してくれるから、魔女も魔法が使える。
その契約は絶対で、破ろうとすれば、関わったすべてのものが、命を奪われる。
「……わたしはともかく、ローラは。本当は王子を殺したくなんかないんだ。見てればわかる。他に、本当に、もう方法はないの?」
「……あるには、ある。だが、それは……」
「教えて。どうしたら、ローラを助けられるのか」
「……とても、辛い道のりになるぞ」
今までに見たことのないような、悲痛な面持ちで、魔女はそれを言葉にした。
どうするべきか。わたしの答えはもう、決まっていた。
「ねえ、どうしてそんなことをわたしに教えてくれたの?」
最後に、ずっと気になっていたことを問いかける。すると魔女は言った。
「それは儂が……愚か者だったからさ」
*
翌日、ローラと王子の結婚式が行われた。わたしは海の上に顔を出し、船の様子をうかがっていた。
式の途中で王子が、ローラの額に口づけようとしたときは、思わず水を飛ばしてやりたくなったけど、ローラが濡れてしまってはいけないので、我慢した。
日が完全に落ちると、パーティーがはじまったようだった。どこかから花火が打ち上げられ、船では音楽が流れ、人々は楽しそうな様子だった。
こんな素敵な世界を捨ててまで、海に来ようとしたローラのことを、心の底から愛しく思う。
だけど、だからこそ、わたしは。
ローラを救わないといけない。
「ローラ!」
周りから人が離れ、一人になったローラに海上から呼びかける。
「サラ!!」
すぐに気づいたローラはこちらに手を振る。
「待ってて、今からそっちに行くから」
誰もいないことを確認して船によじのぼる。身体を完全に引き上げたところで、わたしは魔女にもらった薬を飲み干した。
すぐに、めまいがやってきて、わたしはそのまま意識を失った。
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