第5話 約束

「ローラ王女、朝ですよ」

「はい、今行きます」


 侍女の呼ぶ声で我に返る。頭が痛くて、ぼーっとしていた。


 昨日の夜のことが、まるで夢のように思えるけれど、ふと左足に目をやったときに目に入ったものが、それが現実のことだと、私に語りかけてくる。


 左足首のアンクレット。

 昨日、別れ際に、サラがお守りにと、くれたものだ。


 おばあさまから引き継いだものなのだそうだ。

 こんなときだけど、サラからの初めてのプレゼントに、心が躍ってしまったのは隠せない事実だった。


 魔女に尻尾をもらった私は、水の中でも呼吸ができるようになった。この身体はもう人魚のもので、人間にはもどれない。だけど魔女の薬の効果で、仮の姿として、再び人間の姿になって、こうして陸に立っている、ということになるらしい。


 私の目的は、今夜の舞踏会で出会う隣国の王子を殺し、海の魔女に捧げること。

 そのためには、まず、王子と仲良くなって、油断させないといけない。


 今までは嫌だったダンスの練習も、サラと過ごせる日々のためなら、と、本気で取り組んだ。


 そうして、舞踏会本番の時間になった。


「初めまして。ローラです」


 王子に一礼して、形として名を名乗る。王子は私の手を取る。ダンスの音楽が流れる。

 練習のとおりにステップを踏んで、くるくる回って。


 本当はこんなの、嫌で仕方ない。

 好きでもない人と手をつなぎ、腰に手を回されて踊るなんて。


 ダンスが終わった後も、従者とともに、王子と話をしなければならなかった。

 

 嫌だな、と思う。


 会話をして相手を知れば知るほど、無駄な情が湧く。王子は隣国の王家の三男で、さらに弟と妹が合わせて五人いるそうだ。


 まだ幼い下のきょうだい達のことを、愛おしそうに話す彼を見ていれば、悪い感情なんて抱けるものではない。

ましてや、自分のエゴのために、彼を殺すだなんて。

 

 かといって、この人のことを好きでもないのに、結婚するなんて嫌だとも思う。それに、今更それを受け入れてしまうことはできない。


 私は、7日以内に王子を殺さなければ、魔法の効果が切れて、海の泡になる。

 残酷なことに、その部分だけは、やっぱりおとぎ話と同じだった。



 舞踏会が終わり、王子が自分の国へと帰ると、どっと疲れが襲ってきた。だけど休んではいられない。私はすぐに人目をぬすんで海岸へ行き、サラと落ち合った。


「ローラ、大丈夫……?」

「うん、平気。サラと暮らすためだもん。そのためには私、なんでもやるから」


 元気を装ってそう言うけど、やっぱり不安なのも、王子を殺したくないのも事実で。

 そんな私の様子に気づいたサラは言う。


「人間に戻りたい?」

「え……?」

「ごめんね。わたしのせいで、ローラに大変な思いをさせてしまって。まさか、こんな契約になるなんて、思ってなくて……」

「ううん、サラは悪くないよ。私、がんばるから。きっと大丈夫。一緒に海の中で暮らそうね!」

「ローラ、ありがとう。……大好きだよ」


 そう言って、私たちはまた、口づけを交わす。こうして人目をぬすんで会わなければならない日々も、後もう少しで終わりなのだ。あと少し、ほんの少し、勇気を出せばいいだけなのだ。


 舞踏会のあとすぐに、結婚式の予定が組まれていた。

 私はきちんと知らされていなかったけれど、本当に顔合わせというのはかたちだけのもので。結婚式の日程はちょうど、期限ギリギリ、私が人間の姿になってから6日目の夜に行われることになっていた。


 そして式の場所は、海が好きな私と王子の希望で、両国を結ぶ海の上がいいということになり、船上に両国の選ばれた客を招いて、にぎやかに行われることとなった。ことを起こすには、申し分のないシチュエーションが揃ったのだった。



 結婚式前夜にまた、サラと密会する。

 私たちがことを起こすのは結婚披露パーティーの終わった後だ。乾杯をして、ほろ酔いになった王子を誘い出して、私が海へと突き落とし、そのあとサラと一緒に、王子を海底の魔女のところまで運ぶ。そういう計画になっていた。


「ローラ。わたしは海上に顔を出しているから、準備が出来たらランプの光を点滅させて。いつもみたいに」

「うん、わかった。待っていてね」


 私たちは抱きしめ合い、約束を交わしたのだった。

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