Side: L

第3話 憧れと恋

 お城の寝室の窓から見えるのは、どこまでも続く青い青い海。幼い頃、病弱だった私は、いつも窓からこの海を眺めていた。この海は、私の憧れだった。


 実際に海に行くことがなかなか叶わなかったから、私は代わりに海の出てくる絵本を読んだ。

 絵本に出てくる、小さな人魚のお姫様の物語。彼女はいつも私に勇気をくれた。大好きな人に会うために、自分の大事な声を犠牲にして、家族すらも捨てて、陸の世界へ旅立つのだ。


 かっこいい、と思った。

 それくらい好きな人が、いつか私にもできるといいな、なんて、思ってしまっていた。


 時は流れて、十六歳の誕生日を迎える少し前のことだった。めずらしく予定のなかった昼下がり、つい海岸に行ってみたくなった。ダンスの習い事のあとに、そのまま。靴だけを脱いで、私は駆けだした。


 いつも口うるさいばあやも、今なら見ていない。


 秋になったばかりだからまだ水温も高いだろうし、ちょっとくらい水遊びをしてみたくなった。あとで怒られたら、謝ればいいだけなのだし。


 飛び込むのにちょうど良さそうな岩場を見つけて、上から海面を見下ろしたそのとき、だった。

 そこには、絵本で見たような、すごく綺麗な人魚姫がいた。


 気づいたら、声をかけていた。


 驚いて逃げだそうとする彼女を追いかけて、ついついそのまま海に飛び込んでしまったみたいなのだけど、詳しいことは覚えていない。


 ドレスを着たまま海に落ちて、溺れかけていた私を、助けてくれたのは、人魚のサラだった。

 サラは本当に、絵本の中から出てきたかのような、美しい女の子で、まっすぐの長い髪は、秋の空の色みたいな水色で、瞳は海の底のような深い青。ガラスのように、キラキラと光を放っていた。


 最初こそ嫌がっていたけど、サラは私の友達になってくれた。

 夜中に待ち合わせて、ほとんど毎日、海岸に行っていた。


 ばあやにはもちろん内緒にしていた。悪いことをしているってわかっていたけど、そのスリルがかえって、私をサラの方へと向かわせる。


 気づいたら、私はサラを好きになっていた。

 サラの美しい髪や、きらきらのうろこに触れたいと思ってしまっていた。


 だけど、その気持ちをどうしたらいいのか、わからなかった。

 婚約者がいるのにも関わらず、別の誰かに、それも人魚の女の子にそんなことを思うなんて、どう考えても許されることではない。


 だけど、この気持ちを止めることは出来なかった。

 舞踏会の前の日、婚約者の王子と会うための準備を終えて。その後にサラの顔を見たら、涙が溢れて止まらなくなってしまって。


 サラとずっと一緒にいたいと、想いを言葉にしたら、彼女は優しくそれを受け入れてくれた。


「……おとぎ話みたいに、うまくは行かないかもしれないよ?」


 サラのその言葉で、私たちのすべきことはもう、決まったのだ。

 海の味のするキスを交わしたあと、私たちは一緒に泳ぎだしたのだった。

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