第12話

 木々が拓け、本来なら静寂に満ちた湖畔だった場所はすでにない。

 ただ水面に映る三日月だけが、その名残を示している。


「お前らが、俺たちの城に突っ込んできたバカ共か?」


 踏み荒らされた草花に、武器を持った大多数の男たちが待っていた。

 下卑た笑みを浮かべ、狩った獣の毛皮を纏い、何の統一性もない武器を持った奴らの間を巨漢が一人現れる。

 その男は俺たちの誰よりも大きく、見下ろす顔はまるで獰猛な獣と同じだ。


「弱そうなチビ共だ。ボスの手を煩わせるまでもねぇ……野郎はぶっ殺して、女はぶっ壊れるまで凌辱してやる。そんで飽きたらゴブリンの巣行きだ」


 いつも通り。定番。お決まり。

 そんなごく自然なことを妄想する頭部が、痛みを感じる間もなく綺麗に落ちた。


「品が無いとは想像していませんでした。死んだ方がよろしいかと」


 ひんやりと周囲の温度を下げながら、サラの手に持った鋭利な氷の刃で名前も知らない巨漢の男は死に倒れた。

 何が起きたのかという周囲の顔を見ながら巨体を踏みつけ奴らに問う。


「ザコに用はねぇが死にたいなら相手をしてやる。それが嫌ならここのボスを出せ。訊きたいことがある」


 ざわつく奴らを見渡しながら、フェリーナとラグナは剣を鞘から抜いている。

 いつでも戦闘を開始させられるように。

 ここまでの連戦に疲れはあるのだろうが、それをおくびにも出さない辺り、そういった訓練はしているのだろう。


 一触即発の雰囲気。


 次に誰かが声を出せばそれこそが開戦の合図なのだと言わんばかりの緊迫感が、周囲を包んだ時だ。


「なにビビってやがるんだ、テメェら」


 その声は張り上げた訳でもないのに、この場によく響いた。

 周囲の静寂を無理やり破く大きな足音に盗賊たちは自然と道を開ける。

 この場にいる全ての者の視線を集めて現れたのは、華美な装飾品をつけた他の者たちと同じ黒い髪を持つ男。

 そしてその男が引きずるように、二人の緑混じりの黒髪の少女たちだった。

 少女たちの格好は男の豪勢な恰好とは違い、貧相で襤褸切れのよう。


「奴ら人質を―――「待て」―――何故だ! あれは紛れもなく」

「いいから黙ってろ。邪魔するなら殺す」


 飛び出そうとしたラグナの手首を掴んで止める。

 静止の言葉も冗談ではなく、今このまま何も考えず飛び出そうものならラグナの手首を捻り潰してしまうだろう。

 震えあがるほどの歓喜とともに。


「お前がこの賊の頭目か?」

「そうだが? お前らこそ何だ? 人様の領地にやってきて暴れ出すとは何のようだ?」

「領地?」

「ああ、そうだ。この森は俺たち【黒の盗賊団】が支配し、そしてその団のリーダーが俺だ。つまり俺がこの森の領主! 領主が領土のルールを作る。そのルールを破れば処刑する。それだけだ」

「ほう、ルール? どんなルールだ? 基準は?」

「俺が愉しめるかどうか。俺に尽くせるかどうか。俺にメリットを提供できるかどうか」

「それを独りよがり、というじゃないのか?」

「それの何が悪い? いや、だから良いんだろうが」

「それがお前が求める王の姿か?」

「そうだが? じゃあ死ぬ前の質問は終わりでいいか? いい加減俺たち全員待ちくたびれた……死ね」


 その号令とともに、襲いかかる暴力の嵐。

 血で血を洗うような闘争。

 そういうものが展開されるのだと、思っていた盗賊団の男はあまりにも間の抜けた顔で仲間の成れの果てを見た。

 盗賊たちの真後ろから音もなく襲いかかる大量の土砂によって潰され、土葬された仲間の姿だ。


「お、お前っ!?」

「お前に尽くせる奴らだった。いい仲間だったな?」

「こんなこと、魔術師風情ができるワケ……」

「俺の質問は終わってない。お前が勝手に終わらせてんじゃねぇよ……」


 一歩男に近づけば反射的に退こうとするが、その時自分が手にしているモノに気付く。

 両手に掴んだ最強の武器を。

 奪った鎧や剣よりも強い、道具がある。


「くはっ! くかははは! 甘かったな! ああ、甘過ぎるぜ! お前らに勝ちの目はないんだぜ!?」


 頭目が手にしていた二人の少女の手を振り払い、ふらつく二人の背を蹴り飛ばす。


「行け! やれ! 格の違いを見せてやれ! 本物の魔法使いって奴の力をよぉ!」


 その言葉を皮切りに無気力だった少女たちが、まるで獣のような咆哮をあげる。

 だがそれは、闘争の興奮からくる声ではなく、むしろ悲鳴に近い絶叫だ。

 しかし、二人の声に呼応するように周囲の状況は恐ろしい速度で変化していく。

 大地からはさっきまでしなかった悪臭が鼻に付き、周りの木々は大木でありながら成長を続け、その巨体が襲いかかってくる。


「全員離れろ!」


 先程とは打って変わった泥濘む大地を転げるように回避するが、突っ込んできた巨木の枝に絡め取られる。


「ちっ」


 泥濘む足場。巨大な範囲を攻撃と拘束を同時にやってしまう力。

 明らかに魔術の範囲を超えている。

 魔導師と呼ばれる者たちでも、これほどの力を瞬間的に操れるはずもない。


「大当たり、か」

「おい! これはどういうことだ!?」


 しびれを切らしたラグナの叫びが響く。

 見れば枝に足を絡め取られ、宙づりとなっている。


「……遊んでんのか?」

「そんなワケあるか! 黙ってろって言うから黙ってたのにあんまりだ!」

「ああ……そういやそうだった、なっ!」


 絡みつく異様に成長し続ける変形した幹を燃やし、弱まったところを各々で脱出する。

 切り裂き、破砕し、炭化させる。

 次の攻撃に備え、少女たちを見据えながら言葉を交わす。


「ゼロ様。彼女たちが?」

「ああ。今回は当たりだったな」


 息も絶え絶えの二人の少女。

 ボロボロの衣服にボサボサの髪。

 傷だらけの身体か見え隠れし、その目は気力さえも尽きかけているように見える。


「ふん、ひどい有様だな」

「それで彼女たちは何だ? 知り合いか?」


 剣を構えたフェリーナが前に出て、守りを固めながら質問する。


「知り合い……ではないな。だかまぁ、アイツらのことは知ってる」

「どういうことだ?」

「俺が勝手に知ってるだけだ。アイツらは街を滅ぼす災害。狂える獣とも揶揄される……暴走した魔法使いだ」


 まるで闇の中にあるかのように、伸びた前髪から見える獣のような赤い瞳がこちらを捉え、襲い掛かる木々と成長と腐敗の海となった大地が押し寄せてくる。


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