【4】

「いたか?」

 テトの言葉に、ノッドは弱々しく首を振った。

 ノアルが消えたことは、あっという間に子どもたちの間に広まった。

 ――たまたま、どこか散歩に行っているんじゃないかな。

 ――もしかして、新しい寝床に移ったのかも。

 まだ村の仕事に駆り出されずにいる幼い子が中心になって、捜索が開始された。ノッドたちも、仕事の合間を縫っては方々を探した。

 けれど、結果は絶望的だった。少なくとも村の中にはノアルはいない――そう結論するよりほかなかった。

 村に来た時もひょいと現れたのだから、きっと、またどこか別のところに行ったんだろう。テトはそう言ったが、誰も――きっと本人でさえも、そんなことを信じてはいなかった。

 夕暮れ。とぼとぼと家に戻ったノッドは、炉に火をくべていた母に思い切って尋ねた。

「ノアル知らない?」

 ノッドに似て輪郭のふっくらした肩をゆすり、彼女は笑った。

「あたしが知るもんかね」

 ぱちり、と火の粉が飛んだ。火に照らされ、赤く揺らめく母の顔。見慣れたはずのその顔が、どこか得体の知れない生き物のように見えた。ごくり生唾を飲み込むと、それでもノッドは切り出した。

「昨日の集会って、何のための集まりだったの?」

「ノッド」

 どきりと心臓が跳ねた。冬の鉄のように冷たい声。その目はもう、笑ってはいなかった。

「そういうこと、父ちゃんには聞いちゃだめだよ」

 話はそれっきりだった。それ以上聞く術を持たず、ノッドは言われるまま夕食の支度を手伝った。

 みんな、気づいていた。気づいていて、口にできなかった。ノッドの失踪と大人たちが集会を結びつけるのが怖かった。そこでノアルの運命が決定されてしまったのなら、もはや自分たちにできることは何もないから。 

 共同体には共同体の意志決定のやり方がある。

 ことに、生活のための道具の多くが公共財となっている小さな寒村では。この村の意思決定の場に、子どもの居場所はない。そのことは、子どもごころにみんな知っていた。

 その夜、夢を見た。寝付けないだろうと思っていたのにあっさりと眠りに落ちたその先に、ノアルがいた。

 薄暗い森の中、何事もなかったかのように寝そべっていた。さらさらの毛並み、水色の瞳、柔らかそうなお腹。木々の隙間からわずかに差す光が、全身に複雑な陰影を浮かび上がらせていた。

 あの森の中だ、とノッドは直感した。もちろん行ったことも、入ったこともない。けれど、そこがあの大森林だということが彼には分かった。

「にゃあ」

 ノアルはひと鳴きしてゆっくり立ち上がると、そのまま森の奥へと消えた。

 それは、ノアルはまだ生きている、と信じたい一心が見せた甘ったるい空想だったのかもしれない。けれど、そうだとして、どうして縋りつくためのよすがを手放すことができるだろう。

 ノアルはきっと、追い立てられて森に逃げ込んだのだ。そして、あの森の中で生きている――目が覚めた時、少年はそう確信していた。

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