-49- 「田中家の掟3」
田中君の家に遊びに行った。
外から帰って来たら、うがい手洗いをしなさい、とおばさんに言われ、田中君と一緒に洗面所に行った。
先に田中君が洗面台の前に立ち、手を洗ってうがいを済ませた。
その間、田中君はまるで洗面台の鏡から目を背ける様に、ずっとそっぽを向いたまま、手洗いとうがいを済ませた。
田中君、鏡を見ないようにしてるの、と、僕が尋ねると、
「俺ん家の掟の一つなんだ。洗面台の鏡の方は、見ちゃいけない」
と、田中君は答えた。
へー、と気のない返事をしながら、僕はずっと鏡を見ていた。
鏡の前に立つ田中君は、正面の鏡を見ないよう、ずっとそっぽを向いていた。
けれど、鏡の中の田中君は、正面を向いて、本物の田中君をずっと見つめていた。
僕も田中君に倣って、そっぽを向いたまま、うがいと手洗いを済ませた。
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