-35- 「乗車拒否」

 ある日、お母さんの車で出かけたら、渋滞に捕まった。


 窓の外を見ると、隣の車線にはオープンカーが止まっていて、助手席には僕と同い年位の男の子が座っていた。


 男の子が手を振ってきたので、僕も手を振った。


 すると、今度は僕に向かって何か言って来た。


 けれど、車のガラスに遮られて、その子が何を言っているのか聞き取れない。


 窓のガラスを下げると、その子が何を言っているのか聞き取れた。


「ねえ、僕もそっちの車に乗せてよ」


 そう言っていたのだ。


 無理だよ、と僕は首を振った。


 すると、その子はオープンカーから身を乗り出し、両手をこちらに伸ばした。


 比喩ではなく、その子の腕が本当に長く長く伸び始め、こちらの窓に向かって来た。


 その指先がこちらに届く直前、渋滞で止まっていたこちらの車が動き出した。


 その隙に急いで窓を閉め、ドアの鍵もロックした。


 動き出したと思った車列はすぐにまた動かなくなり、腕だけが後方から伸びてきた。


 その後しばらく、うちの車に何処からか入れないか、べたべたと触りながら探し回っていたけれど、やがてするすると戻って行った。


「ねえ、真実。ひょっとして、何か見えたの?」


 運転席のお母さんは前を向いたまま、ルームミラー越しにこちらを見ていた。


 何でもないよ、と言っておいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る