19.いまこそ彼女のすべてを知る

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シャーロットの本当の姿と真実を知り、驚愕するジョイス。

彼女への愛を自覚し、彼女を守ろうと決意するが――。


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 三十分も経っただろうか、ジョイスはふと目を覚ました。

 暖炉ではまだパチパチと炎がはぜ、イレーヌの背中側からふたりをあたためてくれている。

 抱き込んで影になった彼女の顔を、ジョイスはやさしいまなざしで見下ろした。

 長いまつげが白い頬に影を落としている。体の左側を上にして横になっている彼女は、三つのほくろが並んだうなじと星形の傷痕のある肩をさらして眠っていた。

 ジョイスは傷痕をそっとなで、ほくろにやさしく口づけた。

 いとおしさがこみ上げて、自然と彼女の頬や髪に手が伸びる。

 もう自分の気持ちははっきりした。

 彼女を愛している。ほかのだれにも感じたことのないような気持ちで胸があふれそうだ。

 謎めいた男装の未亡人だとうわさされていた彼女は、身も心も清らかな女性だった。痛々しい傷痕となにかつらい過去を抱え、女の身で必死に生きてきたに違いない。彼女がどこのだれであろうとかまわない。これからは自分が彼女を守ってやりたい。

 明日にでも特別許可証を得て、彼女と結婚しよう。

 そう考えたとき、ジョイスの長い指が彼女の黒髪に少し引っかかった。ぬれたまま横になっていたのでもつれてしまったのだろう。引っかかりをほどこうと手櫛に少し力をこめたとき、信じられないことが起きた。

 彼女の黒髪が頭から少しずれて、下から金色の髪があらわれたのだ。

 いったいなにが起きた?

 ジョイスは一瞬、目を見開いたまま静止してしまった。

 だが、すぐに、この黒髪はかつらなのだと気づいた。

 いま自分の腕のなかで横たわる女性の髪は、実は金色だったのだ。

 そのとき、彼女が身じろぎした。

 うっすらと目が開いた次の瞬間、瞳が丸く見開かれる。彼女があわてて体を起こすと、その拍子に黒髪のかつらが落ちて豊かな金髪が肩や背中にはらはらとかかった。

 その美しさにジョイスは一瞬、見とれたが、われに返って彼女の肩をつかんだ。

 シャーロットは自分が裸であることや、少し前にジョイスとしたことを思い出し、真っ赤になってあわてて胸を腕で覆った。しかし、自分が金髪になってしまっていることにも気づき、どうすればいいのかわからずうろたえた。なにか説明をしようと何度も口を開くが、言葉が出てこない。

「イレーヌ」ジョイスは落ち着いた声で呼びかけ、真剣なまなざしで彼女の顔を見つめた。

「これまでぼくは、できるだけきみの過去には立ち入らないでおこうと思って、なにも聞かずにきた。でも、できれば話してほしいんだ。きみのことをもっと知りたいし、ぼくで力になれることがあるかもしれない」そう言いながら、毛布を腰から肩まで引き上げてやる。

 シャーロットはしばらく彼の顔を見つめていたが、やがて大きく息をついて、話しはじめた。「ジョイス、わたしの本当の名は、シャーロット・ヘムズワースというの――」


 三十分後、炎の上がる暖炉の前で、ジョイスは驚愕の表情でシャーロットを見つめていた。

「なんということだ……」

 ぽつりとひと言、ジョイスの唇から言葉がこぼれ出た。いったん言葉が出ると、あとはせきを切ったように次から次へとあふれ出す。

「なんということだ! そんなことが――きみをそんな目に遭わせたやつが、いまでものうのうと生きているというのか? 腹わたが煮えくり返りそうだ。すぐにでもロンドンに戻ってそいつらを探し出し、死罪にしてやらなければ気がすまない。いや、できることならこの手で引き裂いてやりたい」

 すべてを聞いたジョイスは、シャーロットを強く抱きしめながら、激しい怒りと、いとおしさと、言いようのないやるせなさに体を震わせた。

「シャーロット……」ふと、ジョイスは彼女の名前を唇に乗せた。「いい名だ……きみにぴったりだ。マダム・ノワールより、イレーヌより、ずっときみに似合っている」

 そう言って彼女の顔を両手ではさみ、また口づけた。

 彼女はあの日、この領地の境界線で見かけた金髪の女性だった。美しいと思った自分の直感は正しかった。あのとき一瞬にして惹かれたのも、黒ずくめのマダム・ノワールとして出会ったときにひと目で惹かれたのも、相手が彼女だったからなんだ。

 同じ女性に二度、一目惚れしてしまうとは……。

 ゆっくりと唇を離したジョイスは、いま一度シャーロットをぎゅっと抱きしめてから離した。

「このままだと、またここから出られなくなるな」彼は口角を片方だけ上げて笑った。シャーロットが赤くなる。

「いつまでもきみを抱いていたいが、いまは一刻も早くロンドンに戻って、きみのおじさんを探すほうが先だ。もちろん、ダンカンという悪人と、きみの弟さんの行方も」ジョイスは立ち上がった。

 シャーロットも頬を染めながらうなずいて立ち、椅子にかけて暖炉の前に置いてあったドレスを取って、隣の部屋に行った。手早くドレスをまとい、髪もまとめて、黒髪のかつらをかぶり直す。

 外に出ると、すでに雨は上がっていた。天気が回復して休息もとれた馬は、きげんよくふたりを乗せてくれた。


 城の玄関が見えてきたとき、見慣れない馬車が停まっていることにジョイスは気づいた。四頭建ての、かなり大きな馬車だ。自分のところのものでないことはわかるが――。

 さらに近づくと、馬車のドアに描かれた紋章に見覚えがあることがわかった。

 サマセット伯爵家――つまり、レイの家のものだ。

 レイがここまで来ているのか? いったいどうしたんだろう?

 ジョイスは玄関前で馬をおりてシャーロットもおろし、なかに入っていった。

 思ったとおり、イアハートからレイの来訪を知らされた。そのまま客間に向かうと、レイだけでなく、いつも紳士クラブで一緒になることの多い青年貴族がほかに二人いた。

「おっ、ジョイス! と、うわさのマダム・ノワールだね。やっぱりふたりでここに来ていたんだな。会えてよかった」レイがにこやかに近づいてくる。

 ジョイスは彼らのところまで進み、シャーロットは少し離れたところで止まった。

 レイがジョイスとシャーロットを交互に見比べ、訳知り顔でにやりと笑う。

「これはこれは。黒ずくめの男装の麗人が、ドレス姿とは。想像していた以上の、輝くばかりの美しさだ。だが……ちょっと間の悪いところに来てしまったのかな、申し訳ない」

 ほかの二人の紳士も、眉をくいっと上げてシャーロットを見た。

 シャーロットはどきりとした。あわてて身につけたドレスは、きちんと着付けたとはとても言えない。髪もなんとか整えた程度。それはジョイスのほうも同じで、これではふたりがなにをしてきたか、一目瞭然だ。

 シャーロットの首筋と耳が、みるみる朱に染まった。

「ジョイス、水くさいじゃないか。なにも言わずにロンドンを出ちまうなんて。そんなに警戒しなくても、だれも賭け金をよこせなんて言わないぞ?」レイが言った。

「そのとおり、おれたちはべつに金に困ってるわけじゃないしな。どうやって彼女を落としたのか、武勇伝を聞かせてもらいたいだけだ。それで、よければそのうちおれたちにも彼女の味を……」

 紳士のひとりが、横目でシャーロットをちらりと見た。一瞬だったが、どういう目つきかは彼女にもわかった。いかにも好色そうな欲を敏感に感じとり、シャーロットの肌はぞわりと粟立った。

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