14.口づけに燃え上がって
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薄暗い庭で唇を重ねたジョイスとシャーロット。
信じられないほど熱く燃え上がり、われを忘れるふたりだったが――。
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唇が合わさってやわらかな感触が伝わった瞬間、ジョイスの全身の血が沸き立った。
すぐに強く唇を押しつけ、開かせる。
彼女は驚いたような声を小さくもらして体を跳ねさせたが、逃げることはなかった。
ジョイスは片手で彼女の背中を、もう片方の手で腰を抱き、体をぴたりと合わせるように引き寄せた。そして、彼女を自分のなかに取り込もうとでも言うように、舌を彼女の口内に差し入れた。
甘い。
舌先がふれ合うと、彼女は最初、どうしたらいいのかわからない様子でおずおずとしていた。だがジョイスはやさしく、しかし迷いのない動きで彼女の舌を絡め取った。彼女は懸命に受け止めようとしているようだ。
この純真な反応は、どういうことだ? 彼女は未亡人のはずなのに――。
ジョイスはもっと彼女の情熱を引き出したくて、夢中で彼女の唇を食むようにして口づけを深めていった。
ああ、信じられない……これはどういうこと?
わたしはなにをしているの?
シャーロットは混乱していた。
わかるのは、自分の体が未知の感覚に翻弄されているということだけ。
唇が合わさったところから、肌を粟立たせるような感覚が全身に広がっていく。彼の舌が有無を言わさぬ力でシャーロットの舌を絡め取り、吸い上げられて、背筋がぞくぞくする。体が熱くなって、頭がぼうっとして、息も荒くなってくる。
最初はびっくりした。こんなキスをしたのは初めてだった。いままでにしたことがあるのは、挨拶のキスだけ。
でも、ぜんぜんいやじゃない……。逃げようとは思わなかった。
だんだん唇と体の感覚にだけ意識を持っていかれて、なにも考えられなくなってくる。
シャーロットは左手に仮面を握りしめたまま、空いた右手をジョイスの肩から背中にまわしてしがみついた。
ジョイスのほうは仮面も放り出し、両手で彼女の腰と背中を抱いて強く自分に押しつけていた。硬くて熱い彼の体に、シャーロットのやわらかな胸が押しつぶされる。
何度も角度を変えて唇が合わさる合間に、乱れた息づかいが入り交じった。
ジョイスの唇がいったん離れ、シャーロットの口角から頬、そして耳へと小さなキスを落としながら移っていく。
左の耳たぶを軽くついばまれて、シャーロットは小さく跳ねた。耳たぶから甘いしびれが広がっていくようだ。
さらに彼の唇は、耳の下へ……そこに並んだ三つのほくろに、熱い唇が押し当てられた。
まるで彼の唇と吐息に刻印されるかのよう――。でも、少しもいやじゃない。その一点から快感のさざ波が生まれて、心地よくて、シャーロットはみずから首筋をさらした。もっと口づけを受けたくてたまらない。
しかし、彼の唇はそこで止まらなかった。首筋をゆっくりとおりていき、首の付け根のくぼみにしばらくとどまったあと、肩へと向かった。
そして左側の襟ぐりにたどり着き、布地が押しやられそうになったのを感じたとき、シャーロットはわれに返った。
その先には肩の傷痕が……!
思い至った瞬間、身をよじって彼を押しやっていた。
突然はねつけられたジョイスは、まだ情欲を宿した瞳のまま、彼女を見つめ返してくる。
「ごめんなさい」シャーロットは身をひるがえし、ふたたび逃げ出した。
屋敷のほうに走っていく彼女の背中を見ながら、ジョイスは困惑と戦っていた。
なぜだ? あれほど熱く口づけに応えておきながら、どうして急に彼をこばんで行ってしまう?
性急すぎたのか? こわがらせてしまったか?
確かに、あのまま行けば、キスだけでは終わらなかったかもしれない。
それほどに彼はのぼせ上がっていた。
彼女が抵抗しなかったのをいいことに……やめられなかった。
彼女の唇は想像以上にやわらかく、甘く、ジョイスはわれを失った。
彼女の反応は、未亡人にしてはうぶな感じがしたが、それでも彼に応えていた。
それとも、彼を惹きつけるだけ惹きつけて突き放し、もっと燃え上がらせようとでもいう駆け引きなのか?
もしそうなら、まんまと手管にはまってしまっている。
ぼくはいつの間にか、マダム・ノワール、いや、イレーヌのことを……。
ジョイスはため息をついて仮面を拾い、少し頭を冷やしてから戻ることにしようと、庭をぶらついた。テラス近くの茂みまで戻ってきたとき、その向こうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
この甲高い声は、モントン伯爵令嬢か? 涼みにでも出てきたのか、母親の声も聞こえる。
「まったく癪に障るわ、なにかしら、あの女!」令嬢の声は、いつもよりさらに甲高くなっていた。
「サンドラ、大きな声を出さないで。人に聞かれたら大変よ」母親がたしなめる。
「だって、お母さま、どこの馬の骨ともわからない女とはダンスを踊って、わたしとは踊ってくださらないなんて! くやしいわ。あれがいまうわさのフランス女ね? 大きな顔をして、許せない!」憤懣やるかたない様子でレディ・サンドラはまくしたてた。
「愛人のことなど気にするのはおよしなさい。ああいう女は殿方を惑わす手練手管を持っていて、いっときはいい目を見るでしょうけれど、一時的なものよ。妻となって男子を産めば、こわいものはありません」
母親の言葉に、レディ・サンドラは少し冷静になったようだった。
「ええ、そうね、お母さま。侯爵さまはお体に大きな傷痕が残ってらっしゃるそうでおそろしいけれど、お顔はとてもハンサムだわ。男の子を産むまでの辛抱だし」
ジョイスは天を仰いだ。
純真そうにふるまっていた令嬢の本音。
こんなものか、という思いが頭をよぎる。
彼は伯爵
室内ではまだダンスがつづいていた。
ひと足先にテラスに戻ってきたシャーロットは、他のゲストたちを見て仮面のことを思い出し、手に握りしめたままだった仮面をあわてて身につけた。大広間に入り、壁伝いにドアへと向かう。ものすごい人で、なかなか思うように進めない。
とにかくここを出て、もう少し人の少ないところに行きたかった。ジョイスのいないところで少し気持ちを落ち着けたい。
やっとドアを出たあたりで、ひとりの紳士とすれ違った。
シャーロットにとっては、大勢の客のひとりでしかなかった。しかし紳士のほうは、通り過ぎた彼女の首筋にふと目を留めて、目を見張った。振り返って彼女の後ろ姿を凝視する。遠ざかる彼女を、彼はあわてて追いかけた。
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