13.伯爵令嬢レディ・サンドラあらわる

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ジョイスとシャーロットの前にあらわれた令嬢サンドラ。

彼女は、自分との格の違いをシャーロットに突きつけて――。


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 ジョイスは驚いて振り返った。

 そこにいたのは……モントン伯爵令嬢レディ・サンドラだった。

 少し離れたところに、母親がひかえている。レディ・サンドラも母親も仮面をつけていたが、髪と目の色、体つきと声ですぐにだれだかわかった。

「またお目にかかれて光栄ですわ。今夜はとても楽しみにしておりましたの」レディ・サンドラは上目づかいでパチパチとまばたきをした。「先日のダンスがとてもすてきでしたので、今夜もぜひ踊っていただきたくて」この前の夜会では、ほとんどしゃべらずに笑っていただけの令嬢だが、今夜はずいぶんと積極的だ。

 ジョイスと親しげな令嬢の登場に、シャーロットは笑顔がこわばった。

 彼に知り合いの女性がいても、なんの不思議もないのに。

 先日の舞踏会で、ジョイスはこの令嬢と楽しく踊ったらしい。彼女はとても親しげにしている。

 ジョイスはと言えば、戸惑いながらも失礼にならないよう、胸に手を当てて軽く会釈をして応えていた。

「あなたのお母さまからも、息子をよろしくお願いしますというお手紙をいただいたんです」レディ・サンドラはさらに言いながら、ちらりとシャーロットに視線を送った。言外に、あなたはお呼びじゃないの、わたしは正式におつき合いを認められている伯爵令嬢なのよ、と告げている。

 シャーロットはいたたまれなくなった。自分はここにいてはいけない人間だということを突きつけられたような気がした。

 レディ・サンドラはもう一歩ジョイスに近づき、無邪気そうにつづけた。

「お手紙に、新しい領地のことも書かれていましたわ」両手を大げさに胸の前で組む。「ケント州の海沿いにあるお城だなんてすてき! 殿下のお命を救ったごほうびに、王室領をいただいたというのがまたすばらしいですわ! ねえ、侯爵さま、どうか新しい領地に連れていってくださいませ。ぜひ拝見したいわ。あのあたりは気候もよくて、暮らしやすいと聞いています」いかにも自然な様子でジョイスの腕を取り、胸に抱えてかわいらしく彼を見上げる。

 シャーロットの胸に痛みが走った。

 と同時に、耳にした内容に衝撃を受けていた。

 ケント州の海沿いにあるお城? 王室領になっていた土地? それはまさしく、旧シュルーズベリ伯爵領のことではないの?

 あの土地が、いまはジョイスのものなの?

 夏の終わりにあそこで見かけた男性は、もしかして彼だった?

 この令嬢は、すでにわが物顔であの土地のことを口にしている。

 ふたりであそこに行くというの?


 もう耐えられなかった。シャーロットは、とっさにその場を逃げ出した。

 近くのフレンチドアからテラスに出て、そこから先に広がる庭へと走っていく。

 ところどころに松明が焚かれてはいるが、庭はかなり薄暗い。

 けれど、いまのシャーロットは暗がりのなかへ逃げ込んでしまいたい気分だった。

 ジョイスと舞踏会に出られてはしゃいでいたけれど、本物の令嬢に現実を突きつけられた。恥ずかしくて、哀しくて、とてもふたりの前ではいられない。

 いつしか涙が頬を伝い、シャーロットは仮面をはずして暗がりに立ち尽くした。


 ジョイスはあわててレディ・サンドラに断りを言い、踊れないことを謝罪して、マダム・ノワールの後を追った。

 彼女がフレンチドアを出たところまでは目で追っていたが、テラスに出てみると、彼女の姿はどこにもない。他の出席者たちもちらほらと外に出ているようだ。彼女は庭に入っていったのだろう、松明と月明かりを頼りに探すしかない。

 とりあえず、彼はまっすぐ伸びている小道に足を踏み入れた。

 五分ほど探しただろうか。

 小さな噴水のそばでたたずんでいるマダム・ノワールを見つけた。ジョイスが近づいていくと、彼女は振り向いたものの、すぐに顔をそむけて片手を頬に伸ばした。

「探したよ」ジョイスがやさしく声をかける。

「ごめんなさい、急にいなくなって。でも、お知り合いのようだったから、おじゃまをしてはいけないと思って……」

「じゃまだなんて、そんなことはない。今夜のパートナーはきみだ。確かに彼女は知り合いだが――」

「彼女はあなたととても踊りたそうにしていたわ。このあいだの舞踏会でもあの方と踊ったのでしょう? あなたのお母さまからも、彼女にはお手紙が――」

「だが、ぼくが望んだことじゃない!」ジョイスは彼女の前にまわりこんで、彼女の両肩をつかんだ。それでも顔をそむけている彼女のあごに指先をかけ、顔を上げさせる。仮面をはずした彼女の頬に月の光が当たって、きらりと光ったように見えた。

「泣いていたのか?」少し驚いたようにジョイスは尋ね、自分も仮面をはずした。

「いいえ、泣いてなんか――だって、泣くようなことはなにも――」なおも顔をそむけようとする彼女のあごをつかみ、ジョイスはまっすぐに自分のほうを見させた。

 薄暗いなかでしっかり目を合わせようと、顔を近づけて覗き込む。月明かりの差し込んだ紫の瞳が、まるで宝石のように輝いて彼を見返してきた。

 ああ、なんてきれいな瞳だ。

 この水晶のきらめきのなかに、のみ込まれそうだ……。

 自然と吸い寄せられるように、ジョイスの顔は下がっていった。

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