11.仮面舞踏会に行ってくれないか

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仮面舞踏会への招待状を受け取ったジョイスに、すばらしい考えがひらめいた。

マダム・ノワールをエスコートして出席するのはどうだろう――?


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 初めての夜会の翌日、早くも新たな招待状がジョイスのもとに届いた。

 一週間後に盛大な仮面舞踏会が催されるという。

 最初、執事から招待状らしきものを差し出されたときには、またかと眉をひそめた。が、仮面舞踏会と聞いたとたん、すばらしい考えがひらめいた。

 ジョイスは階段を駆けあがる勢いで、すぐさま書斎から二階の居間に向かった。

 そこでは今日も朝からマダム・ノワールとサラがせっせと作業をしている。勢いよく入っていったジョイスにふたりとも驚き、顔を上げた。

「マダム・ノワール、来週の仮面舞踏会にきみをエスコートしたい」ジョイスは単刀直入に言い、彼女に手を差し出した。

「えっ?」いきなりのことで彼女はきょとんとしている。

「だから、一週間後に催される仮面舞踏会に、ぼくと一緒に出てほしいんだ」ジョイスはもう一度言った。

 彼の言葉の意味を理解したシャーロットは、小さく何度もかぶりを振った。「そ、そんなのは無理です、とても行けないわ」

「どうして?」意外そうにジョイスは訊いた。「行けない理由を教えてくれ」

「だって……わたしが舞踏会なんておかしいわ。招待もされていないし、社交界の人間でもないし、仕立てのお仕事があるし、こんな男の格好でドレスもないし、舞踏会なんて行ったこともないし……」頭が混乱しているのが目に見えるようだ。

 ジョイスは自信たっぷりに口を開いた。

「最初のふたつの理由は、ぼくの連れとして行くのだからまったく問題ない。そもそも仮面をつけるんだから、身元をとやかく言われることはないよ。三つ目の理由についても、なんの心配もいらない。仕立てを頼んだ本人のぼくがお願いしているんだから、その日の仕事は休みだ。その次の理由についても大丈夫、妹のドレスがある」まるで切り札を出すかのようにジョイスはにやりと笑った。

「十七歳で妹が亡くなったことは話したね? 社交界デビューをするつもりだったから、準備は整えていたんだ。しかし残念なことに、妹がドレスを着ることはなかった。少し古くて申し訳ないが、じゅうぶん使えると思う」

 いちばん最後の理由については、ジョイスは胸を躍らせていた。“舞踏会に行ったことがない”と彼女は言った。少なくとも公の場で、彼女は男と踊ったことがないのだ。

 つまり、自分が初めて彼女をエスコートする男になるということだ!

 シャーロットはしばらく口もきけなかった。

 わたしが舞踏会に? ジョイスと? 正装したすてきなジョイスの隣に、わたしがドレスを着て並ぶの?

 信じられない……。そんなことができるのかしら? 本当にそんなことをしてもいいの? わたしはもう貴族の娘でもなんでもないのに……ただのテーラーなのに。

「どうした? 社交界デビューできずに亡くなった妹と妹のドレスのためにも、ぜひ行ってほしい。いいね? 行けるね?」ジョイスはシャーロットの両肩に手をかけ、じっと彼女の顔を見つめた。

 行けるものなら行きたい! かつて夢見ていた舞踏会に、彼と!

 シャーロットはなにかに操られるかのように、こくりとうなずいた。「はい」

 ジョイスは心からうれしそうに顔をほころばせた。「よし。決まりだ」


 ジョイスの命令で、シャーロットが仕立て作業をしている居間に大きな箱が運び込まれた。召使いが屋根裏部屋からおろしてきたものだが、開けてみると、そこには真珠色の美しいドレスが入っていた。

「まあ……なんてきれいなドレス!」シャーロットは思わずため息をつき、手を伸ばしてスカート部分をなでた。なめらかなサテンの手ざわりと光沢がすばらしい。

「さっき話した、妹のドレスだ。背格好はそれほど変わらないと思うんだが、手直しすれば着られるだろうか」ジョイスが心配そうに覗き込む。

「ええ、大丈夫だと思います。わたしの仕事をお忘れですか? テーラーなのよ?」シャーロットはふふっと笑い、ちゃめっけのある表情でジョイスを見上げた。

 ジョイスは面食らった。

 彼女はこんなにかわいらしい表情もできるのか?

 意外な一面を見せられて驚いたが、すぐにそれを隠して平静を装った。

「それはよかった。ぼくの衣装づくりのほうは無理をしなくていいから。では一週間後に、よろしく頼むよ」

 ジョイスが部屋を出ていくと、シャーロットはドレスを箱から取り出してしげしげと眺めた。

 とても上品な真珠色のサテンのドレス。すばらしく上等な生地と仕立てで、スカート部分にはふわりと広がるレースが重ねられている。

 しかし上半身の身ごろの部分を見て、シャーロットの表情がくもった。胸元が大きく開いているのはかまわないが、ノースリーブに近いデザインで、肩と腕がむき出しになる。

「お嬢さま……」そばに寄ってきてドレスを見ていたサラも、すぐにそのことに気づいた。

「大丈夫よ。レースを重ねた袖を長めに足せば、肩の傷痕は見えなくなると思うわ。その上からショールをはおることもできるし」

「そうですね……」さきほどのシャーロットのうれしそうな顔を見たサラは、反対することができなかった。舞踏会とドレスにあこがれる気持ちは痛いほどわかる。伯爵令嬢だったうえにこんなにも美しいシャーロットが、一度も社交界に出られなかったなんて――。

 しかし、不安はぬぐいきれない。肩の傷痕は大丈夫だろうか。初めての社交界は大丈夫だろうか。ここのブランフォード侯爵は良い人そうに見えるけれど、本当に大丈夫なのだろうか。

「幸い、レースはじゅうぶんに用意がありますから、さっそくお直しをしましょう」サラは自分の不安を振り払うように、シャーロットに笑顔を向けた。

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