10.もしも彼女が一緒なら

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仕上がった衣装をまとったジョイスは、見とれるほどすてきだった。

シャーロットは達成感とともにどこかさびしさを感じるが、夜会に出かけたジョイスはレディたちに囲まれて――。


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「いかがですか?」作業場となっている居間の大きな鏡の前で、シャーロットはジョイスに向かって尋ねた。

 鏡には、仕上がったばかりの衣装をまとったジョイスが映っている。

「すばらしい。これほど体にしっくりくる正装は初めてだ。腕の上げ下げもとてもしやすいよ」ジョイスは満足げな明るい顔で答えた。

「よかったわ、お気に召していただけて」ほっとした表情で、シャーロットはうれしそうに笑った。

 自分としても、これまでで最高の出来だと思っている。なにしろ生地も糸も最高級のものを使うことができたのだ。ビロードの上衣の前立てと袖口に入れた金色の刺繍も、納得のいく仕上がりになった。

 なにより、それをまとったジョイスの格好よさといったら……。

 ああ、なんてすてきなの!

「これを着ていかれるご予定は、もうお決まりですか?」すてきな彼をみんなに見てもらいたいという気持ちでいっぱいになって、シャーロットは興奮ぎみに訊いた。

 さっきまで笑顔だったジョイスの表情が、急に硬くなる。「ああ、明後日の晩に夜会がある。社交シーズンの始まりとなる盛大な会だ」なぜか口調もそっけなかった。

 楽しみですね、なんて、とても言える雰囲気ではない。もしかして、夜会に出席するのは大変なことなのかもしれない。ひとりで浮かれたりして、恥ずかしい……。

「では、ウォリスさんに着付けのこつを伝えておきますね」シャーロットは静かにそれだけ言った。


 二日後の夜、玄関ホールから出かけていくジョイスの後ろ姿を、シャーロットはそっと見送った。

 やはりとてもよく似合っている。

 きっと今夜は彼がいちばんすてきに違いないわ!

 紳士と談笑し、大勢のレディに囲まれた彼の姿が目に浮かんだ。

 シャーロットはうっとりすると同時に、なんとなくさびしい気持ちになった。

 社交界の夜会って、どんなところなのかしら?

 亡くなった両親から、話だけは聞いたことがある。お母さまとお父さまが出会った場所。豪華な大広間、シャンデリア、夢見るようなドレスにダンス……。少女のころは、胸をときめかせていたけれど……。

 わたしにはもう関係のない場所。

 シャーロットは思いを振り払うように小さくかぶりを振り、次の衣装づくりに取りかかるために作業場に戻っていった。


 ハッチェンス伯爵夫人の主催する大夜会に到着したジョイスは、シャーロットが想像したとおり、あっという間にレディたちに囲まれた。

 なにしろ彼は王子の覚えもめでたい英雄で、いまだ独身の若き侯爵だ。令嬢を連れた母親たちは、なんとしてもお近づきになろうと必死だった。

 次から次へと令嬢の紹介と挨拶がつづく。このあとはダンスの時間もある。いったい何人の令嬢と言葉を交わしてダンスを踊れば解放されるのだろうと、ジョイスは早くも疲れを感じていた。

 紹介された令嬢たちは、大半がうなずいたり微笑んだりするだけで、ほとんどしゃべろうとしない。話をするのは母親だ。いかに自分の娘がすばらしいか、どういう教育を施してきたか。だんだんと耳が麻痺して、ジョイスはどうでもよくなってきた。彼のほうからちょっとした質問を令嬢本人に投げかけてみるが、即座に母親が答え、令嬢はうなずいて笑うだけ。しかも顔の下半分は扇で隠れている。

 マダム・ノワールならどんな答えが帰ってくるだろうかと、質問をするたびにジョイスは考えていた。

 一時間ほど経ったころ、モントン伯爵令嬢レディ・サンドラが現れた。ジョイスが本宅の母から早く求愛せよと言われている相手だ。

 見た目は、まるでフランス人形だった。大きなリボンをつけた淡い金色の髪。透きとおるような水色の瞳。確かに“美しい”令嬢かもしれない。青白いくらいの顔をして、しょっちゅう目をぱちぱちさせている。

 このたび社交界にデビューする十八歳なのですと、小柄な母親が説明した。まだあどけなさの残る無邪気そうな少女は、ジョイスがなにか言うたびに忍び笑いをした。

 そのうちに音楽が始まり、大広間の中央でダンスが始まった。ジョイスは前もって、けがの療養のためにまだ少ししか踊れないと言って予防線を張っていた。本当はもうそれほど体に支障はないのだが、踊りたいという気分にならない。

 しかし、令嬢たちをまったく無視するわけにもいかない。レディ・サンドラと、あと二人ほどとしかたなく踊り、その後は紳士がカードゲームをしている部屋へと避難した。

 だが、そこでも災難はつづいた。社交界というのはよほど高速でうわさが広まる世界らしい。マダム・ノワールの話を聞き出そうという紳士たちが、何人もそれとなく探りを入れてきた。

 三十分も経つと、ジョイスはうんざりして席を立ち、ハッチェンス伯爵夫人に挨拶をして、体調がすぐれないことを理由にいとまごいをした。

 二時間も経たずにタウンハウスに戻ってきたわけだが、マダム・ノワールはすでに自室にさがっていた。

 ジョイスは暗い廊下にたたずみ、奥の部屋のドアをしばらく見つめていたが、小さくため息をついて自室に入った。

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