第64話 決着


固唾を飲んで結果を見守る美鈴と結花。実際には刹那の出来事であったが二人にとって非常に長く感じられたその一瞬の後――


「……ゴフッ ゴボッ」


熊の胸の白い毛がたちまち赤い血で染まり、溺れるような呻き声と共にその口からどばっと血が吐き出される。


そして熊の体がぐらりと傾き、そのままファイヤーホールに覆い被さるようにうつ伏せに倒れた。


「や、やったですかね?」


「ちょ、やめて。それフラグじゃんね」


そんなやり取りをする美鈴と結花の前で熊がもがきながら起き上がろうとする。


「ひぇっ?」


「このバカネコ! あんたがあんなこと言うから」


近くの地面に転がっている槍を拾おうと手を伸ばす美鈴と大慌てでバレットショットに次弾を装填しようとする結花。


「大丈夫だ。もうそいつには戦う力はない」


二人の後ろからかけられた声に振り向けば、ついに崖を登り切った大介がそこに立っていた。


「先輩っ!」


「おう。よく頑張ったな二人共。まさか俺が着く前に決着が付くとは思わなかったぞ」


「ふわぁ」「はぁぁ。助かったじゃんねぇ」


大介に誉められて張りつめたものが切れた二人がついにヘナヘナとへたりこむ。そんな二人を優しい眼差しで見ていた大介だったが、ふいに顔を引き締めて熊に向き直った。


なんとか起き上がった熊だったがもはや戦意は残っておらず、口と胸から大量の血を流しながらよろよろと森に向かって逃げようとしている。


「ふむ。どうやら肺を撃ち抜かれたか。このままでもいずれ死ぬだろうが、人を襲うことを覚えた熊は確実に仕留めなきゃならんからな。……ちょっと行ってくる」


そう言いながら大介は地面に転がっている槍を拾って熊を追いかけようとしたが、逃げる途中の熊が焦った様子で方向転換してこちらに戻ってこようとしているのに気づき、槍をしっかりと握って構えた。そして森の方を見て、ちょうど熊が逃げて行こうとしていた方向から哲平と清作がバレットショットとナイフを手に向かってくるところであることを知る。


『隊長! そのまま軍曹たちと協力して熊を谷に落とすのじゃ!!』


「なるほどな。軍曹、聞こえたな? お前らから見て俺たちの後ろの谷底に参謀と葵がいる。もう少し下流の方の崖に熊を追いたてろ!」


「了解であります!」


大介、哲平、清作に崖の方へ追いたてられた熊は、すでに致命傷を受け、ただただ人間たちから逃げることしか考えられなくなっていたのであっさりと崖から谷底に飛び降り、大岩に頭から叩きつけられてあっさりと絶命した。


   ◇



そうして熊との戦いが終わった後は特にトラブルも起こることなく順調に物事は進んでいった。


再び谷底に降りた大介と一成によって作られた簡易担架に寝かされた葵も皆の協力により無事に谷の上に引き上げられた。そこで清作により簡単な診察と治療を受け、特に命に別状は無いことが確認されて全員を安心させた。


最初から遭難した葵を捜索する目的で後から合流したメンバーは数日ぐらいなら余裕で山中で過ごせるフル装備で来ていたので、谷底の熊を解体し、素材を持ち帰るために【狩人】遼、【射手】ジンバ、【軍曹】哲平の三人がそのまま谷のそばでキャンプして翌日下山するということで別行動することになった。


大介、一成、葵、美鈴、結花の五人に【博士】清作を加えた残りのメンバーは、目印のテープやFM中継機を回収しながらルートを逆に辿って戻っていき、ついに日向山の山頂付近に到着する。そこのヘリポート跡地である空き地には、【忍者】忍の手配によりすでに陸上自衛隊のヘリが到着しており、葵とすでに体力の限界を迎えていた美鈴と結花はそのままヘリに乗せられて下山し、残りのメンバーはそのまま自力で無事に下山した。


ただ、事態はそれで収拾しなかった。


すでに下山していた山岳部のメンバーたち、特に武井が大袈裟に騒ぎ立て、さらには陸自のヘリまでが出動する事態になった結果、今回の救出劇はマスコミに知られる所となり、また今回活躍した美鈴自身が1年前にサバ研によって命を救われたというドラマチックな背景と、今回も誰一人死なせずに捜索救出活動を終えることができたという後味の良さ、そしてこれらの偉業を成し遂げた全員が高校生で、しかも美鈴、結花、葵が共に見目麗しい美少女であることからマスコミの食い付きは半端なく、この件はしばらくの間マスメディアを賑わし、全国的なサバイバルブームを引き起こすきっかけになったのだった。




なお、蛇足ながら、今回、美鈴と結花も含め、救助に参加したサバ研のメンバー全員が人命救助で表彰されることになったが、この件は後にサバ研の2代目部長と副部長として在学中も様々なサバイバルの現場で活躍し、卒業後は消防の道に進み、伝説の女性レスキュー隊員として世界的に名を馳せることになる美鈴と結花の輝かしい経歴の最初のものとして語り継がれることになるのである。







【作者コメント】

なんか最終回っぽくなっていますが「もうちょっとだけ続くんぢゃな」

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